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SAVE.305:乙女ゲーム世界のセーブ&ロード③


 人を頼るべきなんだと思った。


 走って、息を切らして、足りない頭を捻ってようやく出した答えは、当たり前の結論だった。


 当然だ。ミリアが、大切な妹が攫われたのだから。


 知人友人に頭を下げ、権力を使って人を集め、持てる全てを使って探すべきなのだと俺は思った。


 けれど、出した答えは違っていた。体が勝手に動いていたんだ。




 だって俺は、知っているから。




 あの場所にミリアがいると、あの場所にクリスがいると。


 そして物語の結末は。




 ――いつだって、主人公が幕を引かなきゃならないのだと。






 ◆






 この場所を覚えている。


 薄暗く、かび臭く、湿気が肌にまとわり付く不快なこの場所を――俺は覚えている。


 町のはずれにある、古い教会の倉庫にある地下室。


 こんな場所に足を運んだ記憶は無い。今の今までこんな場所があるだなんて、夢にも思った事は無かった。




 いっその事、夢であって欲しいと願った。


 たまたまミリアと出かけただけで、入れ違いになっていたとか。徒労に終わって学園に戻れば、仲良く談笑でもしているとか。


 ここには、こんな場所には何もない。こんな不吉な場所なんて、二人の人生には何一つ関わりがない。


 そんな望みを願ったって。


「やぁ、遅かったね」


 薄暗い蝋燭の明かりに照らされる、クリスの姿がそこにあった。






「何を考えてるんだよ、お前は……」


 肩で息をしながら、静かに佇んでいる彼女にそんな言葉をかけた。そして足元には倒れ込んでいるミリアの姿が。

 

「何って、一緒だよ。君達と同じ神託の再現さ」


 わざとらしく両手を広げて、彼女はそんな事を言い出す。


「ミリアは無事なんだろうな」

「大丈夫、そこで寝ているだけだよ」


 遠目に見ても、目立った外傷は見当たらない。だからその言葉は真実だと――そう思っていたのに。


「……今はね」


 彼女はその口の端を歪めた。人をからかったような悪戯っぽさも、時折見せていた悲しさも、その表情には残っていない。ただ全部を諦めたような笑みだけが、そこにはあった。


「今はって、どういう意味だよ」


 聞き返せば、彼女は懐から短剣を取り出す。その剣先は迷うことなく、横たわるミリアへと向いていた。


「これからミリアをこれで刺すよ」

「……冗談だろ?」

「冗談だったら良かったんだけどね」


 わざとらしく彼女は肩を竦める。それから遠い目をしながら、ゆっくりと語り始める。


「ねぇアキト、知ってる? 乙女ゲームって結構意地悪でさ……ハッピーエンドだけじゃないんだ。本当、嫌になっちゃうよね」


 言葉の意味は理解できる。けれど俺がするべきなのは、そんな事じゃないだろう。


「今でも夢に見るんだ。君に貸したゲームが、もっと幸せな結末の作品だったら……こんな事にはならなかったんじゃないかって」


 彼女は体をミリアへと向ける。そしてナイフを逆手へと持ち替え、ミリアへと。


「やめろ」

「やめないよ。だってこれが」


 言葉は届かない、だから走った。ミリアを助けたかったから? 約束したから?




 ――違う、違うんだ、俺は。




「……やめてくれよ」


 ただ必死に、ただ単純に。




「正しい結末なんだから!」




 クリスに人殺しなんて、させたくなかったんだ。






 もう、二度と。

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