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SAVE.105-1:乙女ゲーム世界のセーブ&ロード④

 祈りの間を後にした俺たちは、足早に殿下と合流して大聖堂を後にした。それから例の倉庫まで馬車を走らせれば、ちょうどクリスとダンテと合流できた。そのまま見張りを数人片付けてから、ゲームの記憶のとおり地下へと続く隠し階段を下っていく。


 地下室へと続く階段には不快な湿気が充満しており、思い出したように置かれていたいくつかの松明だけが足元を照らしていた。


 そんな不安を駆り立てるような階段を降りた先に待っていたのは、無数の教会の騎士達――ではない。まるでそこが演劇の舞台かのように、彼女だけがそこに立っていた。


「君一人……なんだね」


 殿下がそう呟けば、ミリアは歪んだ笑顔を浮かべる。


「ええ、私は失敗しましたから……用済みなんです。だから北の果ての修道院に送られるって」


 失敗、用済み。出てくる単語の端々はどこか重苦しい物だった。彼女は教会にとって、多くの利用価値を失ってしまったのだろう。


 神託の未来を掴めなかった、肩書きだけの聖女様。未来の国母のなり損ないに教会はかけるべき慈悲を持ち合わせていなかった。


「ここ……どこだかわかりますか?」


 周囲を見回しながら、ミリアが突然そんな事を言い出した。


「暗くて、湿って、汚れていて……」


 吐き捨てるようにミリアは言葉を続ける。


「ここは……あなたがいるべき場所だった、そこにいるのは私だった、王子様と結ばれるのは私のはずだった!」


 『あなた』が誰を差しているのか俺にはわかる。この光景は、俺の記憶の中に残っているからだ。ただ、違う所があるとすれば……配役だ。


「ねぇシャロン様……一体どんな気分ですか? 私の代わりに主役を務めるのは」


 泣きそうな顔で彼女が言う。そう、いつの間にか姉貴はこの世界の主役の座に座っていた。王子に見初められ、幸せな未来が待つこの世界の主人公に。そしてはじき出されたミリアが今、俺達に問い詰められている。それはまるで、物語の中の悪役令嬢のように。


「そうね、ミリア……あなたの言う通りよ」


 俯きながら姉貴は応える。肩を震わせ拳を握りしめ、その感情を押し殺しながら。


「私の役目なんて所詮、あなたの引き立て役の悪役。それを全うする事が、夢見た未来を守る事が……蒼の聖女としての使命。だから、最初は驚いたわ。いつの間にか神託とは違う未来が始まっていて」


 姉貴は握った右手を解き、ゆっくりと指先を開いていく。それでもまだ、肩の震えは収まらない。


「ずっと悩んでいたわ。このまま変わっていく今を……神託と違う未来を受け入れていいのか、なんて」


 その責任は俺にあるのだろう。変えたのは、その切っ掛けを作ったのは間違いなく俺のはずだ。


「……いいわけなんて、ない」


 それをミリアは否定する。俺達が過ごした日々を、シナリオ通りに行かなかった目の前のこの光景を。


「あなたも……聖女ならわかるでしょう、教えられたでしょう!? 私達が見る未来を守ることが、唯一無二の役目だって!」

「そうね」

「だから私は行動したわ! 神託の通りに、教会に言われた通りに! あなたに虐げられるよう振る舞った、真っ白なドレスだって手に入れた!」

「ええ」

「それの何が、何がいけなかったのよ!」


 ミリアは感情を隠さずに、何度も何度も吠え続ける。正しいのは自分だと、間違ってるのはあなただと。それを姉貴はただ黙って肯定する。


「あなたは……何も間違えてないのでしょうね」


 姉貴は顔を上げ、ミリアの顔をじっと見つめる。


「私もね、ずっとそう思っていたわ。役目を果たすためなら何でも出来るって、何でも犠牲に出来るって」


 姉貴はずっとそうして来たのだろう。優しい心を押し殺して、聖女として振る舞って――時にはその生命さえも投げ捨てて。


「でもね、無理だったの」


 彼女は笑う。今にも泣きそうな顔をしながら、両手を自分の胸に当てて。


「私、ルーク殿下が好き」


 突然の告白に、ルーク殿下は黙って頷いた。


「名前を呼ばれると、心臓が止まりそうになるの。笑顔が頭から離れなくて、隣を歩けば顔まで赤くなって……馬鹿みたいよね、少女みたいで」


 宝物を自慢する子供のように、惚気話を始める姉貴。それを見たミリアは苛立ちを隠そうともしない。


「そんな事、どうでも」

「……どうでもよくなんて、ないわよ!」


 だが、今度は姉貴が吠える番だった。


「あなたにわかるの!? 大好きな人と結ばれない未来を見せられた私の気持ちが! 大好きな人が何も知らないあなたに取られる気持ちが!」


 堰を切ったように姉貴は叫んだ。押し殺し続けていた感情を、秘め続けていた想いを。


「それに家族だって! 私のせいで残酷な目に遭うって、何度も何度も見せられてきた私の気持ちが!」


 彼女はずっと、我慢を強いられてきたのだろう。貴族として、聖女として、求められる役割をただひたすら演じる為に。


「あなたが正しいのかもしれない。聖女の見た未来が、唯一の正解かも知れない……けれど、私は、私はっ!」


 気がつけば姉貴の瞳からは大粒の涙が溢れていた。

 



「悪役になんか……なりたくなかったの」




 嗚咽混じりの声で彼女がその本心を言葉にする。いつからなのだろう、その気持ちを隠し初めたのは。けれどもう、我慢の時間は終わりだった。倒れそうになった彼女の体を、しっかりとルーク殿下が支える。


「勝手なことを……!」


 もう、いいだろう。


 ミリアは姉貴に向かって、隠し持っていたナイフを突きつける。だが所詮ミリアの細腕だ、組み伏せるなんて朝飯前だ。


「悪いなミリア」


 一言だけ謝罪の言葉を口にする。彼女をここに立たせているのは、間違いなく俺のせいだ。


「だけど」


 譲れない物があった、耐え難い未来があった。例え自分の代わりに誰かが、その責を負う事になっても。


「俺は……勝手なんだ」


 俺を睨むミリアの目にも、うっすらと涙が浮かんでいる。彼女だって姉貴と同じ被害者だ、正しいと思って行動した先に待っていたのがこんな結末なのだから。


「あなたなんて、脇役のくせに……!」


 悔しそうな顔をしながら、ミリアが俺に向かってそんな言葉を放った。


「本当、なんでだろうな」


 脇役、確かにその通りだ。俺の記憶の中でも、アキト=アズールライトなんて三枚目が関の山の存在だ。それが何の因果かこんな記憶まで手に入れて、おまけに何度もやり直して。


 呆れたような笑い声が、自然と口から漏れていた。


「けど、いいだろう別に? 自分の未来ぐらい……自分で選んだってさ」


 だけど、それはあくまでゲームの話だ。俺は今ここにいて、俺の意思で進んできた。王子とか聖女とか、そんな事は関係ない。


「俺の人生の主役は……俺しかいないんだからさ」


 これまでも、これからだって。


「ミリア」


 一歩引いていた殿下が、姉貴と共にミリアへと歩み寄る。


「理があるのは、正しいのは君の方かもしれない……だけど」


 殿下に目で合図され、彼女をゆっくりと立ち上がらせる。


「アキト君の言う通りさ。僕達の未来は……他の誰でもない、僕達が選ばなきゃいけないんだ」


 そして殿下は、真っ直ぐとミリアに手を伸ばし彼女の手を優しく握った。それからその二人の手に、そっと姉貴の小さな手が添えられる。


「もちろん、君の未来だって」


 震える手でミリアが二人の手を握り返せば、ミリアの目から涙が溢れる。


「君が選ぶんだ」


 彼女にも選ぶ時が……選ばなければいけない時が来たのだろう。




「私は――」




 神託にも、乙女ゲームの世界にはない――彼女だけの選択肢を。

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