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シルバーの指輪

 とりあえず化粧を落としきったイービス殿下と、私のお古になるがこちらでは珍しい染めのショールを持ったアウローラ殿下と共に、居間のテーブルに着いた。

 しかしその頃には日もだいぶ西に傾きかけていたため、今日のお茶会はそこで終了ということにさせてもらった。

 ミヨの変身術にすっかり魅了されたイービス殿下は不満顔を見せたが、口元に指を立てるとシャキーンと背筋を伸ばしてこくこくと頭を下げる。ちょっと面白い。しかし、ともかく早く習いたくてしかたがないらしいので、早速だが明日、今度は私がアウローラ殿下の部屋へと遊びに行くと約束をした。


 そうして二人と侍女三人を部屋から送り出したところでようやく息をつく。夕飯までまだ時間があるからと、お茶だけを頼んでからミヨの方を向いた。


「さてと、面倒だけれどお願いするわね、ミヨ」

「はぁーい、姫様。じゃあ、ちょっと今からルカリーオ商会へ足らないもの発注してきますねー」

「あ、それなら刺繍糸も一揃え頼んでちょうだい。明日アウローラ殿下に教える約束もしたから、持っていきたいの」


 刺繍を一緒にするという名目で部屋を訪ねるのはとても自然だろう。そう打ち合わせした時に「嬉しい」と頬を染めたアウローラ殿下はとても可愛かった。


「オケでーす。明日の昼前には届かせますよぉ」


 今から頼んで明日の昼前に届くとか、どこの通販サイトだよ。

 思わず突っ込みそうになったのを押しとどめた。そのせいか妙に頬が引きつってしまい、それを見たハンナがまた心配そうな顔を向ける。


「リリー様、刺繍をなされるのですか?」

「大丈夫よ、ハンナ。ナイフは使わないと約束します」


 私がそう伝えると、ほっとしたように瞼を伏せる。

 リリコットの持ち物の中には綺麗に揃えられた刺繍糸のセットが入っていた。元々好きだったのだろう。

 アクィラ殿下に担保として持っていかれたテーブルクロスだって、リリコットの作品だと聞いていた。あれだけのものが出来るのなら自信をもっていい腕前だと考えていい。


 だからハンナが心配しているのは、私がアウローラ殿下に教えることが出来ないのではなく、刃物を使う方のことだと思ったのだ。

 今のハンナの態度からして、それは間違いない。


 リストカットそのものは記憶がないのだけど、その後覚醒してからのことは覚えている。

 左手首の切り傷、青い顔のハンナ、そして浴槽の下に沈んだ小さなナイフ。


 おそらくあれは刺繍箱に入れて糸切り用に使っていたナイフだったのではないか。

 そうでもなければ私がそう簡単に刃物など手に持つ機会はない。浴槽の中に見たナイフはその後どうなったか知らないが、きっと処分されてしまったのだろう。

 そう考え刺繍箱を覗けば、針と糸、そして試し縫いに使った布しか入っていなかったのだ。刺繍に必須のものが入っていない刺繍箱を見た時、やっぱりと思った。


 けど、糸を切る道具がないのも不便なのよねえ。

 百合香の記憶として刺繍をしたことはないが、繕い物などの裁縫はお手の物だった。それだけに、ナイフやハサミの代わりになるものをどうしようかと考えていると、ミヨからの助け船が入る。


「糸切り用の指輪なんてのもありますよぉ。結構可愛いデザインがありますから、ついでに頼んでおきましょうかー?」

「あら、いいわね。それなら危なくないし。ハンナも安心でしょう?」


 そう言って、一緒に注文してもらえるようにお願いをした。


***


 ちょっ早だなー、おい!


 昨日の夕飯の後でミヨが使いを出しに行ったはずなのに、朝食が済んだ時間を見計らったようにルカリーオ商会の荷が届いたという。

 なんていうプレミアム会員?あ、そもそもルカリーオ商会はコザック男爵家の持ち物だから、特別待遇も当然なのか。

 しかし、一体何を頼んだのかは知らないけれど、ミヨは人の頭が入りそうなくらいの箱をいくつも、にやにやとしながら受け取っていた。


 そして私は、相変わらずヨゼフの変なところだけ堅い守りのせいで商会の人とは会うことが出来なかったけれど、今回は彼から直接小さな箱を手渡されたのだ。


姫様(ひいさま)、好きなのを選んでください」


 そう言って開いた箱の中には、シルバーの指輪がびっしりと並んでいた。


「ああ、これがミヨの言っていた糸切り用の指輪ね」


 そういえばこんな便利グッズを百均で見たことがあるような気がした。

 けれども目の前にある指輪は、糸切り要素があるとはいえ、多種多様なデザインでとてもおしゃれに見える。


「うーん、どれにしようかしら。どれも綺麗で悩むわ」


 実用性のあるものとはいえ、やはりそこは女子なので、やはり気に入ったものを使いたい。

 花模様のものも綺麗だが、動物のものもなんとなくユーモラスで可愛い。


どれにしようかなー、と指を指しながら選んでいると、突然私のものでない指が目の前に、にゅっと飛び出してきた。


「は?」


 その指は、一つの糸切り指輪を掴むと、反対の手で私の左手をとり、すっと人差し指にはめ込む。


「え、え?ええっ!?」


 驚きのあまり、指にはめられた鳥のデザインの糸切り指輪から目を離せないでいると、頭の上から澄ましたような声がかかる。


「それがいい。ああ、これは私へ請求を回せ」

「あ、アクィラ殿下っ……な、なんで……」


 なんでこんな時間にとか、なんでここに居るのとか、色々聞きたいが全部合わさっての『なんで』の問いかけだったが、アクィラ殿下は全く別の方向に取ったようだ。


「婚約者殿の指輪を選ぶのは私の役目だろう?」


 そんな回答が聞きたかったわけじゃありませーんっ!!

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