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ラブストーリーは突然だ

 いきなりのアクィラ殿下の登場に、どうぞとも、お待ちしておりましたとも言えず、ただ向かい合うことしか出来ていない。だって、来るだなんて聞いてないし。


 一応私も公女なので、婚約者といえどもマナーとして先触れがあるべきだし、それがなければ断ってもいいと思う。

 けど、もうすでにこうやって顔を見てしまった場合はどうなんだろう?こんなのは、リリコットの勉強の記憶にもない。


 体感的には長い長い時間に思えるその空白に、若干目がうつろになっていく。

 ちょっと、誰かなんとか言って!殿下の後ろにちらちら見える従者の人でもいいからさあ。


 そんな他力本願を祈っていたところ、アクィラ殿下の立つ扉の向こう側から、頭半分くらい上に飛びでた赤髪が歩いてくるのが目に入った。


「ヨゼフ!」

「あれ、こんなところに突っ立って、とと……何をしていらっしゃるのでしょうか?」


 あ、アクィラ殿下に気が付いた途端、途中で言葉使い変えたな。うん、でもこれヨゼフの仕事だよね?

 来客の取次は部屋の前に立つ護衛の立派な仕事の一つなので、正しく任務を遂行してもらおう。


 扉に立つ皆さんの意識がヨゼフに向いているのを確かめて、身振り手振りでアクィラ殿下の対応をしてくれと伝える。

 ああ、はいはい。と口を半開きで頷いているから、なんとかわかってくれたと思いたい。


 しかしそんな私の期待を、あっさりと彼は打ち砕いた。


姫様(ひいさま)、アクィラ殿下がお越しになりました」


 イヤ、知ってる!待て、それは見ればわかるのよ。

 出来れば扉を閉めて最初からやり直してよ。というか、今結構あっぷあっぷだから本当は帰って欲しいくらいだ。


 それでも護衛騎士が取り次いだという体裁をとられてしまったからには、招き入れなければならない。

 なにせ、そこに立つイケメンはこの国の王太子であり、私の婚約者なのだから。

 ぐるぅ。と声にならない呻きが喉の奥から漏れそうになるのを抑え、なんとか歓迎の言葉を選び出した。


「ようこそいらっしゃいませ、アクィラ殿下。片づけていない部屋をお目にかけまして、少々恥ずかしいですわ」


 一言、先に言ってから来いや、という言葉を綺麗にオブラートに包んで伝える。

 まあ本当に恥ずかしかったのは、バッテン印のしゃっくりを止める技だと思うけれども、そこは敢えてスルーで。一応アクィラ殿下の方もそこには突っ込まずに、けれども全く以て悪びれもせずに話し出した。


「時間が空いたものでね。君さえ良ければ少し散歩でもしようと誘いにきたんだ」


 そう言って、真っ白い手袋に包まれた右手を差し出した。

 めっちゃスマートで完璧なエスコートだけどなんだろう、この有無も言わさない強引さ。良かったらなんて言ってるけど、良くないとは言えないじゃん。


 もうすでに一回、クソ暑い中外出てるから本当は行きたくないんだけどなあ。でも、護衛騎士の借り入れの話もしておきたいし、何よりウエディングドレスの件もある。

 ここはお腹に力を入れて、もうひと踏ん張りすべきだろう。


「ええ、喜んでお付き合いさせていただきます」


 にっこりと笑い、その手に自分の手のひらを重ねる。パーティーの時と違って昼間のせいだからだろうか、ほんの少しだけその手のひらが熱いように感じてしまった。


 私は隣にハンナを伴いアクィラ殿下の半歩後ろに付いて歩く。殿下付き三人の従者たちは、さらに私たちよりも三歩ほど離れて周りに付いた。

 日傘は同じ白のレースのものを持ってきてしまったが、一度目の散歩の時よりも太陽の位置が下りてきたせいか、刺すような日差しでもない。

 それでもこうして歩いていると、じんわりと汗をかいてくるから、今日こそはゆっくりと湯船につかりたいものだと考える。アクィラ殿下の方も、何か考えることがあるのだろうか、私に向かい特に声もかけてこない。

 そうして言葉少なにゆっくりとした歩調で庭を歩いて行くと、先ほどアウローラ王女殿下を拾い上げたというか、保護した生垣のところに出た。


 んんっ?なにこれ。そう思った瞬間、前に立つアクィラ殿下の背中がぷるぷると震えているのが見て取れた。

 顔はこちらを向けていないけどわかる。これは、どう見ても笑いをこらえているときの仕草だ。


「アクィラ殿下!も、もしかして……全部っ!?」


 私とアウローラ殿下の出来事を一部始終知っているんじゃないでしょうね。いや、絶対にわかってるなこれ。

 その証拠に、体がどんどんとくの字に曲がっていく。


「っく。……ああ、すまん。報告は受けている、が」


 ここまで豪快に突っ込んだ跡が残っているとは思わなかったと、自分の妹の奇行に声を立てて笑った。


 くっそ。誰か見てたのかー。アウローラ殿下とのあれやこれや、全部?多分そうだろうな。

 もしかしたら私たちがここへ来てからというもの、誰かしら近くに見張る者がいたのかもしれない。

 私は全く気が付かなかったけどもしかしたらみんなは気が付いていたのかな?そう考えてハンナの方をこっそりと窺うと、眉間に皺を寄せて手のひらをぎゅうっと握りしめている。

 あ、これ知らなかったよね。黙って監視されていたことに相当怒っているようだ。


 でも、メリリッサ(わたし)の悪評からしたら、これくらいの監視は当然だとは思う。

 ただでさえ三人ぽっちの従者だし、身の回りの世話はともかく明らかに護衛の人手は足りていない。婚約者の護衛という名目での監視ならば仕方がないじゃないか。


 ただ、こちらに話も通さないというのは、ハンナではないけれどなんとなく頭にくる。だから一言ちくりと釘を刺してみた。


「いつの間にか、護衛をつけて下さったのですね。ありがとうございます、アクィラ殿下」

「当然だ、婚約者殿」


 さらっと流された。やっぱりこの人顔いいけど腹黒い。


「念のためにと、棟の外だけだがな。だから護衛が外まで付いていったのは今日が初めてだ」


 うっ、引きこもりをしっかりと指摘されてしまったよ。まあ事実なんで何も言えない。

 ほほほ、と笑ってごまかしたが、引き続き追い打ちをかけられる。


「それでもやはり人は足らないだろう。護衛の交代もままならなければ、君の世話自体も支障がでてはいないか?必要ならば人員を割くが、どうしたい?」


 それは願ったり、だ。いくらなんでもこのままでは、ハンナにミヨ、そしてヨゼフは全く休みが取れないことになる。

 全てを断ったのはメリリッサだけども私には関係無い。噂の浸透も十分理解しているが、それでも三人が少しは休めるくらいには人手が欲しい。


 是非、と答えようとしたところで、後ろから袖が引かれる。何かと思い軽く振り返れば、ハンナが私のドレスの袖を掴んでいた。そうして小さく首を横に振っていたのだ。

 あの、生真面目なハンナが、こんな真似をするとは思わずに驚く。

 そんなに他の手が入ることが嫌なのだろうか?

 だとしたらきちんと話を聞いてみなければいけない。もう一度アクィラ殿下の方へと顔を向け、先ほどの答えを保留してもらった。


「アクィラ殿下のお心はとても嬉しく思いますが、皆に確認してからにしたいと思います」

「わかった」


 そう短く答えた言葉に、とても申し訳ない気がした。

 きっと、初めて殿下からの押し付けじゃなくて、私のことを心配してくれた提案だというのに、すぐに返事が出来なかったから。


 なんとなくもやもやとした気分で下を向くと、さっきの散歩では気が付かなかった小さなオレンジの可愛らしい花が花壇を飾っているのが見えた。


「ああ、綺麗。何の花でしょうか?」


 ふと口に出した言葉に、アクィラ殿下が答えてくれた。


「コレットだ。あまり他では見かけないかもしれない。この辺りの野生草花だな」


 私は元の世界でも、大ぶりの花はあまり好まなかった。百合香という名前に引け目を感じていたせいかもしれないが、ともかく小さな花がたくさん咲き誇る姿が好きだったのだ。


「私、このような可愛らしい花が好きです」

「そうか、小さな花が好きか……」


 アクィラ殿下は頷くと、その手でコレットの花を一掴みとり、そのまま私の髪の編み上げたところへと差し込んだ。


「っ……で、んか?」

「君によく似あう」


 そうしてじっと私の顔を見つめるアクィラ殿下の口元が薄っすらと微笑んでいた。緑色の瞳が、ゆらゆらと揺れるように光るのに見惚れてしまう。


 その上あまりにも突然の誉め言葉に、どうしようもなく顔が赤く染め上げられた。


 なんで?どうしてこの人は、急にこんなことを言い出すのだろうか。

 そんな答えの見つからない問いに、胸がどきどきと高鳴ってしまう。不思議なその感覚を、私はなかなか止めることが出来なかった。

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