謎のお嬢さん
「え?」
声のする方へと顔を向けると、……誰も居なかった。
だから、もう一度ヨゼフに向かい、主人らしくびしっと言ってやろうとしたのだが、またもや変な声でそれを止められた。
「流石はモンシラの悪公女よねえ。今度はどんな悪だくみをしてるのかしら?」
うーん、なんだかこれ以上ここで話をしようとする雰囲気じゃなくなっちゃったわね。
「さてと、じゃあそろそろ先に進みます。ヨゼフ」
「はい、姫様」
そうして少し小芝居がかったように声を掛け、ゆっくりとベンチから立ち上がった。
「ちょっと、ちょっとお!何で無視してるのよ!?」
って、生垣しかないんですけれど、そこ。
そんなところから声がしても、普通は当然無視するでしょう。
頬に手を当て黙りながら、じいっと声のする方へと視線を送っていると、ようやく観念したかのようにその声が泣きついてきた。
「…………お願い、手を貸して。で、」
「で?」
「出られないのよお!!」
まあそうでしょうねえ。
生垣の下の方に少しだけはみ出した金色の髪が、見事に生木に絡まっているように見える。大方、ここで私が何をしているのか覗きにきたのだろう。
けど、生垣の中にはまるくらい突っ込んでくるとなると、ちょっとばかりお転婆がすぎる。
一体誰なのか?一応ヨゼフには、出来るだけ綺麗な状態で救出するように頼んでみたが、あまり期待はしないほうがいいかもしれない。
そんなふうに考えていれば、案の定カーテンレースの再来となったようだ。
「ぅ……ひっぐ、ぐすっ……うっう」
そりゃ泣くわなー。
ドレスはまあ多少の汚れとかぎ裂き程度で済んでるようだけども、髪の毛が壊滅的だ。
ぐちゃぐちゃに絡まりうねり、生木がところどころ生えてる。見ようによっては、斬新な髪形……無理か。
ヨゼフー、と一睨みしてやれば、そっぽを向いて頼んだ方が悪いといったように両手を広げた。
なんだか昨日今日でヨゼフの私に対する扱いがぞんざいになってる。
まあいい。今はそれよりも目の前の少女だ。どこの令嬢かは知らないけれども、王宮の庭にいるのだから、それなりに高位の令嬢なのだろう。
年の頃なら13、4といったところかな?これからのこの子の評判のことを考えると、このままにして帰すのも可哀想な気がする。
「仕方がないわね、こっちへいらっしゃい」
そうして、庭の裏側、人目に付きにくいところを通り、自室のある王宮隅の私専用棟へとその少女を連れて行った。
部屋の片づけをしていたミヨにその少女を引き合わせると、ぶひゃっひゃっひゃ!とひとしきり笑い転げた後で、まあまかせてくださいよと胸を叩いて浴室へと押し込んだ。
しばらくの間、ひゃー!とかひいいい!とか聞こえたような気もするけど聞かなかったことにして、自分でお茶を淹れて飲んでいると、ばーんと音が鳴り、浴室の扉が開けられた。
するとそこには、丁寧に髪を梳かれ、今日のリリコットと同じようにサイドを編み上げた髪形にした少女が立っていた。
しかもその髪は、緩くウエーブした金髪が波間に当たる光りを跳ね返すように輝いている。
「まあ!綺麗になったわね。見違えたわ」
とてもさっきの暴発毛髪の少女と同一人物には見えない。
しかもよく見れば薄っすらと化粧まで施していた。白い肌にほんのりとピンクの頬紅をのせ、唇にはウエットな照りのあるサクランボのような紅が愛らしい。流石は趣味の人、ミヨだ。嫌味なく、少女の美しさを引き立たせていた。
しかしそうなると残念なのがドレスだ。大きく破れているわけではないけど、土汚れもついていて埃っぽい。
同じことを考えただろうミヨと二人、少女の腕を両側からとると、颯爽とウォークインクローゼットという名の納戸兼衣裳部屋の中へと入り込んだのだった。
持ち込んだドレスの中には、明らかにサイズアウトしたものも多くあった。多分昔の思い出として持ってきたのだろうけど、どうせ着られないのだから有効に活用しよう。
ああでもない、こうでもないとミヨと話しながら決定したのは、濃いめのピンクに白のレースで花模様の刺繍がされたもの。
思いっきり甘いイメージで決めたが、自分でも褒めてやりたいくらいの出来になった。
「完璧ね、ミヨ」
「素晴らしい仕上がりですわぁ、姫様!」
二人でがっと手を取り合って、たたえ合っていると、クローゼットの中に備え付けられている大きな鏡を覗いていた少女が、ぽかんとした顔で見入っていた。
わかるわー、あんまり可愛くなっちゃうと、自分でも驚くよね。
うきうきとしながら、彼女の言葉を待っていると、その少女は思いもかけない言葉をそれは大きな声で吐き出した。
「嘘よーっ!!な、なんで、こんな……こんなに、可愛くしてくれちゃってるのっ!?」
WHY?え、Do Youこと?可愛くしてもらって何いってるのかしら?
ミヨと顔を向かい合わせ首を捻る。あんなお化けみたいな格好から、どこからどう見ても高位のご令嬢といった見た目になったというのに、訳が分からない。
「あの……」
どうしたのかと声をかけようとしたところ、そのまるで宝石のような緑の瞳に思いっきり睨みつけられた。
あれ?この瞳、見たことがあるような、あるような、あるような……あるな、うん。
ちょっと現実逃避しかけたところに、少女の金切り声が響いた。
「だって!あの悪公女が!私に優しくしてくれるはずないじゃないの!ほら、虐めなさいよ、お兄様に言いつけてあげるんだから、ほらっ!」
ああ、この瞳は、あれだ。アクィラ殿下と同じ緑だ。ということは、やっぱり……
「私は、第二王女のアウローラよ!虐めなさいよーっ!!」
変態かっ!?……もう、ホントに勘弁してちょうだい。




