049
抵抗も虚しく、私の生徒会長生活は幕を開けた。
ジョシュアやウィルフレッドは在学こそしているものの、王太子としての公務とその付き添いでほとんど登校してくることはなくなってしまった。
なので、彼らの卒業まではまだ間があるものの、私はすぐに生徒会長としての仕事にとりかからねばならなかった。
以前より、生徒会の仕事は手伝っていたので大体の流れは掴めてはいるが、学業と並行して進めるとなるとやはり忙ししく難しい。
私が手伝いに入る前はジョシュアが一人でこの仕事量をこなしていたというのだから、感心するよりもむしろ呆れてしまう。
頑張りすぎだ。
とにかく、生徒会の仕事は一人でするようなものでは絶対にない。
実際私も、エミリアとセリーヌの力を借りて何とか生徒会を回しているというのが現状だった。
それでも、アイリスの無茶苦茶な行動に対する苦情が大量に寄せられていたことを思えば、今は驚くほど平和なのだけれど。
かつては授業をサボって好き勝手振る舞っていたエミリアも、今では生徒会書記として辣腕を振るっている。
公爵令嬢だけあって、その筆跡は流麗だ。
だが、彼女の仕事は通常の書記の仕事にとどまらない。
公爵令嬢としての影響力を用いての情報収集や、各方面への折衝は私も舌を巻くほどだった。
以前強引で我儘と思われた部分が、今は押しの強さとしていい風に作用している。おかげで仕事がやりやすい。
いっそ彼女が会長になった方がいいのではないかと思ってしまう日々である。
それではどうしてウィルフレッドが私を生徒会長に指名したのかというと、その理由にも見当がついている。
その理由とは、セリーヌだ。
今でこそ同じ生徒会役員として―――言わば同僚としての距離を保っているエミリアとセリーヌだが、元はウィルフレッドの王太子妃の座を狙うライバル同士。
セリーヌが男で実際には王太子妃になるのが難しいとはいえ、そう簡単に打ち解けられるような間柄ではない。
だが仮にエミリアを生徒会長にしてセリーヌを副会長にすると、二人の間に明確な格差を作ることになる。
そうなれば次期王太子妃はエミリアだと宣伝しているようなものだ。
勿論、それはたとえ立場が逆であっても同じこと。
次期王太子妃にエミリアを推す保守派と、セリーヌを推す隣国との協調派はそれぞれ王族とて無視できないほどの影響力を持っている。
その両方を牽制するために、ウィルフレッドはあえて毒にも薬にもならない私を次期生徒会長に指名したのではないか。少なくとも私はそう睨んでいる。
実際、セリーヌが副会長ということでエミリアとの間に序列の差はあるものの、トップが私であることによってセリーヌ派とエミリア派との間の摩擦は確実に軽減している。
それは別に私が有能だからではなくて、今のバランスを崩して会長位を奪うほどの利点を、どちらの陣営も見いだせていないだけなのだ。
「なんだ? 俺の顔に何かついてるか?」
無意識にセリーヌの顔を凝視してしまっていたらしい。
そのことを当人に指摘され、私ははっとした。
時刻は夕刻。
部屋の奥中央にある生徒会長用の椅子に座り、積み上げられた書類を片付けている最中だ。
どうやら私は忙しさのあまり、どうして自分がこんなことをしているのかということに意識を飛ばしていたらしい。
「いえ、なんでも」
否定したのに、セリーヌは意地の悪い笑みを浮かべてこちらに近づいてくる。
しまったと思っても後の祭り。
彼はこうして、私が少しでも隙を見せるとからかってくるという悪癖を持つ。
女装して学生生活を送ることにストレスでも溜まっているのだろうか。だとしても、私でストレスを解消するのはやめてもらいたい。
「おや、つれないな」
するとセリーヌは、わざとらしく身を屈めて私の顔を覗き込んでくる。
超絶美少女のドアップなのだが、実は女装美青年のドアップだと思うと、なんだかいけないものを見ているような気持ちになる。
そっと目を逸らすと、逃がさないとばかりに指で顎をすくい上げられた。
逃げ場がない。なんだか新たな趣味に目覚めてしまいそうだ。
「あまりシャーロットをからかわないでください」
そんな私を救ったのは、生徒会書記として過去の資料を整理していたエミリアだった。
彼女は赤い盾ロールの髪を手で払うと、煩わしそうに言った。
「仕事の邪魔をしにいらしたのならお帰りはあちらですわよ」
うーんこの態度。
以前よりかなり丸くなったと思うが、それでも気位の高さは相変わらずである。
エミリアとセリーヌはそこそこうまくやっていると思っていたが、私が鈍いだけで実はあまり仲が良くないのかもしれない。
やっぱり、セリーヌが男だと証明するために、エミリアの前でいきなりドレスを脱ごうとしたのはまずかったのか? いや、私もさすがにあれはどうかと思ったけれど。
「おや、随分な言いようじゃないか」
ともあれ、セリーヌの矛先はエミリアに向いたようなので今のうちにお仕事お仕事である。
「さては君の敬愛する兄君の差し金かな?」
エミリアの敬愛する兄君とはジョシュアのことだろう。
そのジョシュアがエミリアにどんな指示をしているかはわからないが。
というか、今の台詞のどこにジョシュアが絡む要素があったというのか。
短いやり取りを反芻してみたが、私が揶揄われただけで特にジョシュアに関係するような事柄はなかったと記憶している。
エミリアはといえば、なぜか無言でセリーヌを睨みつけている。
セリーヌの言葉が気に障ったのか、とにかく私の目の前で訳のわからない事態になっていることだけはわかる。
「ふ、二人とも落ち着いてください。もうすぐシモンズ王国からこの学校を見学したいという方々が査察にいらっしゃることですし、変な姿は見せられませんよ」
とりあえず、私は二人の会話を理解することは諦めて、話をそらすことにした。
プライドが高いエミリアは勿論のこと、シモンズ王国はセリーヌの母国なので、彼も無関心ではいられないはずだ。
更に言うなら、これはゲームにも出てこなかったイベントなので、私も少なからず緊張している。
さすがに木っ端貴族令嬢の私に国賓の接待は荷が重いので、当日はウィルフレッドとジョシュアが応援に来るし、案内はセリーヌがメインで対応することになっている。
しかし当日はそれでいいとしても、やっておかねばならない準備は山のようにあるわけで。
とりあえずイレギュラーなイベントのおかげで、私の机の上に積みあがった書類が更に高さを増したのは間違いない。
本当にどうしてこんなことになった。
私はただ、没落する運命から逃れたかっただけなのに。
ともあれ、目の前の美男美女による不毛な言い合いは急速に収束を迎えた。
二人ともこんなことをしていても非生産的だと気が付いたのだろう。
「執行部に指示出しに行ってきますわ」
執行部とは、最近新設されたばかりの生徒会を補佐する集まりである。
その構成要素はセリーヌの取り巻き四割、エミリアの取り巻き五割、その他一割といったところ。
悲しいかな私の取り巻きはいない。いや、別に取り巻いてほしいわけでもないのだが。
当然執行部内には派閥があり、それぞれあまり仲がいいわけではないが、おかげで競って仕事をしてくれるので効率は非常にいい。
利用しているようでいささか申し訳ない気もするが、あちらも執行部に所属していることで学内での評価が上がっているそうなのでwin-winだ。
問題があるとするならば、生徒会も執行部も女性ばかりなので一部の男子生徒が不満を抱いているらしいということだ。
実際匿名の生徒会に対する意見書には最近脅迫文のようなものまで入っている。全てがいいこと尽くめとはいかないようだ。
集団を統率するというのは難しい。
転生した今になって、そのことが嫌というほど身に染みた私なのである。
そしてこのときの私はまだ知らなかった。
隣国からやってくる使節団の中に、思いもよらない爆弾が紛れ込んでいることなど。
そして忙しさにかまけて、自分がとても大切なことを忘れていることに、気付こうとすらしなかったのである。




