どけ!俺はお前との婚約を破棄して皇位継承レースから降りるんだ!
「エカテリーナ・ブラウンシュバイクとの婚約を破棄する!!!!!」
帝位継承順位第1位、エレンスト・ザーリアー皇子殿下は晩餐会の場で突然立ち上がったかと思うと高らかに宣言をした。
わたくしたち、ブラウンシュバイク派閥主催の晩餐会で。
一瞬の静寂。
しかしそれはすぐに霧散し、参加している紳士淑女は会話を再開する。
彼彼女らの大体の内心は同じだった。
『まーた殿下が乱心した』
しかしわたくしエカテリーナ・ブラウンシュバイクの感想は少し違う。
今度はどんな無駄知識を仕入れてきたのですか殿下、だ。
「おいっ!!!聞いているのか」
「殿下、なんと?」
心を落ち着けるために殿下をまっすぐ見つめながらわたくしは殿下に問いかける。
「あぁエカテリーナ。よかった。ちゃんと聞こえていたのか」
そりゃあ皆様聞こえておりますとも。
聞きたくないだけですわ。
ましてや殿下の隣でホストを務めるわたくしが聞こえないはずがありませんわ。
「いえ、ですから……いま、なんと?」
そして、聞こえているから問い直しているのですわ。
「だからお前との婚約を解消する!そうすれば皇位継承レースから降りれるだろう!?」
今回は『重程度』ですわね。
一旦席を立った方がよさそうですわ。
「また素っ頓狂なことをおっしゃいだしましたわね殿下。皆さま、どうやら殿下はお疲れの様子……わたくしと殿下は中座いたしますわ。皆さまはわたくしたちのことは気になさらず、どうぞごゆるりとご歓談をお楽しみくださいませ」
「え?いやちょっとエカテリーナ?別に俺は疲れてなんか……」
「お疲れでいらっしゃいますよね?で・ん・か?」
「ふぁい」
有無を言わせぬわたくしの視線にトーンダウンする殿下。
「「「ごゆるりと……」」」
今宵この晩餐会に参加しているのはわたくしたちエレンスト皇子派の皆様。
勝手知ったるなんとやらでまるで道をわたくしたちに譲り、わたくしは殿下の腕に優雅に手を伸ばす。
親指で殿下の腕を強く握るのを忘れずに。
晩餐会が行われているホールから少し離れた貴賓用の客室の一つ。
そこに殿下を案内し、部屋に鍵をかけてからわたくしは殿下に聞き取りを開始した。
「それで殿下。なぜわたくしとの婚約破棄という思考に至ったのか、ご説明いただけますこと?わたくしになにかご不満がありますの?」
「いや、君はとても美しく、知的でありながらも優しい性格だ。元々皇室の中でも妾腹で末席の俺には、おそらく君以上の婚約者は現れないだろう。なので君の不手際を理由にした婚約破棄は難しいことも理解している」
真顔でスラスラという殿下にわたくしは頬が熱くなるのを感じる。
「でしたら……」
「だから適当な市井の娘に一目ぼれたことにして『俺は真実の愛に目覚めた!』と立太子選定の場で宣言しようと思うんだ」
なんでさっきの返答の結果がその『だから』になるんですの????
「殿下?」
「そうしたらさすがに俺を立太子にするなんてことにはならないだろう?君の名声は傷つかず、俺は穏便に立太子候補から外れられる。俺は隠居料程度を貰えればそれで満足。ほら大団円」
今回は思ったより重症ですわね。
それよりもそれで大団円と認識していることに腹が立ってきましたわ。
「殿下。正座」
「なんで?」
「いいから、正座」
「だって……」
「座れ」
「ひゃい」
椅子から滑り落ちるように正座に移行する殿下。
不敬極まりないことは承知ですが今現在のお立場をご理解いただくには仕方のない事ですわ。
しかし今の口ぶり……もしかして……。
「もしかして、殿下は皇帝になりたくないんですの?」
「そうだって言ってるじゃん!そもそも君たちだって言ったじゃん!『立候補は記念受験で本妻の皇子への交渉カードのため』だって」
「まぁ、たしかにそう言ってお誘いいたしましたわ」
お声がけをした当時のわたくしたちの計画には嘘偽りはありませんわ。
それに、その当時は確かに殿下は継承順位最下位。
あくまでわたくし共の派閥の影響力を増すために殿下を擁立したのもまた事実ですわ。
当時第二皇子との皇位継承争いでしのぎを削っていた皇后陛下が擁立する第一皇子との交渉が成った暁にはそれ相応の謝礼も殿下に行う予定ではありましたわ。
「お前の口車に乗せられて皇帝候補として立候補したはいいが、どんどん継承順位が上がって今では継承順位第一位!このままだと本当に皇帝になっちゃうじゃないか!」
そう、予定が狂ったのは擁立してから現在に至るまでの半年間。
「確かに、当初殿下が立太子選定に立候補する際、わたくしはあくまで記念立候補で、本命となる本妻の皇子への交渉材料としてとお伝えいたしましたわ」
「そうだ!それがいまや序列一位なんてどうなってるんだ!?」
第一皇子が地方分権政策を撤回したことにより失脚し、それに乗じて勢力を拡大しようとした第二皇子は血友病を発病し療養、その他の皇子だちもあれよあれよという間に四散五裂の様相を見せ、気づいた時には元々交渉カードとして足場固めに徹していたエレンスト皇子派である我々が最有力派閥に。
今更ここでどこかの派閥などに売り込みなどはもう不可能。
であればわたくしとしてはこう言うしかない。
「あれはうそですわ」
「そうなの!?」
「厳密には、初めはそうだったのですが、他の皇子が政策立案ミスなどなどで自滅していった結果、わたくしども重商派閥であるブラウンシュバイク一門としては本気で殿下を後押しすることにいたしましたの」
というよりも厳密にはそうせざるを得ない状況に陥ったという表現が正しい。
すでに我らに比する派閥は存在せず、現状は既に条件交渉の段階になっている。
財務官僚や経済官僚も次期経済政策が重商政策に重きが置かれることを前提に動いており、ここで我々が雲散霧消してしまえば、帝国経済が瓦解しかねない状態なのだ。
「きいてないよ!?」
「言いましたわ。2か月前の晩さん会に。殿下は東の国から献上された豆を使った菓子に夢中だったようですが」
ニコニコとした顔でハイハイと頷いていらっしゃいましたが、やはり聞いていらっしゃらなかったのですね。
「あれはおいしかったなぁ……漆黒の見た目にねっとりとした触感、その中にある優しい甘み……使節に行ってまた取り寄せとかできないかな?」
「すぐに使者を出しますわ」
「わぁい」
「……話を戻しますわよ」
「そもそも、なぜ立太子選定の場ではなくここで破棄を言い出したのです?まぁわたくしとしては助かったのですが」
「だって無断で言ったら君に殺されそうだし」
「まぁ、無事に会場から出れはしなかったかと思いますわ」
「ひぃ!?」
ひぃじゃないんですが?
まあ、殿下がまだ根回しという言葉が自身の辞書にかろうじてあったことで良しといたしましょう。
「で、でもね。俺は皇帝にはやっぱりなりたくないよ」
まだいうかこいつ。
「なぜですか?今や大陸の過半の版図を誇り、隆盛を極める帝国の至高の座に何の不満が?」
「ごはんがまずい」
「は?」
「ごはんが、まずい。冷めたモノしか食べられない。それどころか食事の一挙手一投足に制限がある」
「まぁ、それは……たしかに」
皇帝位というのは常に暗殺の危険が付きまとう。
そのため皇帝の食事というのは一見豪華絢爛には見えるが、その実態は数回に及ぶ毒見のあとに外になりえるもの……例えば魚や鶏肉であれば小骨、肉であれば焦げなどが完全に取り除かれたものしか食すことができなかったりする。
それは今現在殿下が食しているこの晩餐会の食事と比べれば味や満足度には雲泥の差が出るだろう。
しかも食べる順番にも帝国が積み重ねた礼儀作法に基づく順番がある。
初代皇帝である偉大な大帝詠歌の食べ方が踏襲されており、それ以外の順番は認められていないのだ。
その中には
『夏場はアイスクリームを食べてはいけない』
『風邪の時は滋養のつく油分たっぷりの者を食すべし』
といった不条理なものもちらほらある。
「それに夜の生活だって、後宮で毎日何人もの女の子と肌を重ねなきゃいけないんでしょ?そこに序列もつけなきゃとかそれに付随するパワーバランス管理とか……俺そんな器用なことできないよ!」
確かに殿下は人の名前を覚えるのすら苦手ですものね。
「あ、でも何人もの女の子をとっかえひっかえそのものには不満無いよ?」
こいつ……。
「そんなわけで皇位継承から降りるんで婚約破棄でお願いします!!!」
いや、だから無理ですって。
「そもそも、立太子選定の場ではすでにほとんど話はきまっているのです。そこでわたくしとの婚約破棄を言い出したところで、後ろ盾争いが始まるだけで殿下が選定される結果は変わりませんわ」
「さすがにそれは父上……皇帝陛下が認めないんじゃないの?」
皇帝陛下が認めるとか認めないとかいう問題ではありませんわ。
もしかして、立太子選出の手順、ご存じない?
「……まず第一に、殿下は次期皇帝がどのように選定されるのかご存じでして?」
「え?普通に父上が立太子を選んで宣言をされるのでは?」
「確かに立太子決定の宣言は現皇帝陛下、立太子の時点で皇帝位が空位の場合は教皇猊下が立太子をローマ王に選定なされたのちに行われますが、立太子の選定そのものは皇帝陛下の権限外でございます」
「そうなの?」
「ちなみに、わたくしどもの爵位は覚えていらっしゃるかしら?」
「さすがに支援者の爵位は覚えているよ。ブラウンシュバイク選帝侯だろう?」
「選帝侯。それがどういう意味を持つ爵位なのかはご存じで?」
「もしかして、皇帝を選ぶ?」
「おっしゃるとおりですわ」
「じゃあむりかー!いい案だと思ったのだけどなぁ。ほかの案考えなきゃ」
ダメとわかったら切り替えが早いのは殿下の利点。
しかしわたくしとの婚約破棄はあきらめず、またろくでもないことを考えるんですのね。
いいかげんにしてくださる?
「……ところで殿下」
「なんだい?」
「今、ここはどのような場所で、殿下が乱心された場はどのような催しだったかは覚えていらっしゃいます?」
「なんだっけ……?」
「経済界の重鎮である第三身分のブルジョワジーの皆様と、わたくしどもブラウンシュバイク派の寄子の皆さまですわ」
「あれ?俺の護衛騎士の奴らは?」
「当家で警備をすると申し出てお車代を出したところ、町の歓楽街に」
「うらやましいなぁ……」
……ここまで言っても一切の危機感無いんですのね。
もう知りませんわ。行っちゃいましょう。
わたくしは殿下がアホなことをいうたびにずっと考えていた殿下がこれ以上あほなことを言わないようにする手段を実行する決意をし、窓の外にアイコンタクトをする。
一瞬窓の外で木が揺れた。
さいは投げられましたわ。
「ちなみに、殿下が皇帝になりたくないデメリットを消す手段はございます」
「まじで!?ここから降りれる立太子選定があるんだね!さっすがエカテリーナ!」
ぱっと顔を上げてまぶしい笑みを向けてくる殿下。
「それはございません」
「じゃあどうするの?」
「……東の帝国に『御所巻き』『主君押込』という言葉がございまして」
「なにそれ」
「御所巻きは主君を取り囲み要求を通す行為、そして主君押し込めとは言うことを聞かない主君を軟禁して重臣が権勢をふるうことですわ」
「うん。それが?」
「おバカなことばかり言う殿下はもう御所巻きで無理やり貞操を奪ったうえで、この屋敷に軟禁してしまうのがよいとわたくしは判断いたしましたわ」
「………………………………へ」
はっきりとわかるように丁寧に直接的な言葉を殿下に告げる。
それでようやく殿下は今の状況を理解したようで、素っ頓狂な声を上げた。
「大丈夫、さきほど承ったご要望は食欲に関してはすべて、性欲に関してはわたくしが殿下がご満足するまで、そう、わたくしが『すべて』かなえて差し上げますわ」
そう言ってわたくしは来ていたドレスの脇のホックをはずし、ファスナーを下ろしてドレスを脱ぎ捨て、裸体を殿下の前に晒す。
そして殿下が状況を把握する前に素早く殿下の手を後ろ手にし、手錠。
これで殿下はもうまな板の上の鯉ですわ。
「やっべぇ!逆レだ!だれぞ!誰ぞある!皇子が襲われているぞ!?」
状況を把握した殿下が叫びだす。
把握するのが遅すぎますわ。
「ここがわたくしの屋敷ということ、殿下はお忘れですか?この場はすべて、わたくしの味方しかおりませんことよ」
今頃は主だった派閥の重鎮たちが父上と共に晩餐会から抜け出し、殿下の押し込め方法について議論が始まっていることだろう。
「あ……ああ……あ……」
何とか殿下は立ち上がり、後ずさる。
そして後ろにあるベットに転がった。
わたくしもそのまま殿下の上に乗る。
全て物分かりの悪い殿下が悪いんですのよ?
幼少のころ、宮殿で迷子になっていたわたくしを見つけてくれた殿下。
陛下主催の晩餐会でわたくしのきつい視線の瞳と言われていたこの目を意思のある目とおっしゃってくれた殿下。
擁立の際に『君のような最高の女性を婚約者にできるなら皇室の末席にいた甲斐があったよ』とおっしゃってくださった殿下。
殿下、殿下、殿下、殿下。
こんなにわたくしは殿下をお慕い申し上げているのに、婚約破棄などというよ迷いごとを言う殿下が悪いのですよ?
殿下がわたくしの目の前からいなくなろうとするのが悪いのですよ?
だからわたくしは殿下を大切な宝物として宝物庫に仕舞わなければならなくなったのですよ?
「ご観念なさいませ、殿下」
「アッーーーーーー!!!!!!!」
半年後、そこには死んだ目で立太子式を執り行う皇太子と、そのそばにお腹を大きく膨らませた皇太子妃がいたそうな。
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してくれたらポンコツ皇子が何でもしてくれるそうです!
皇子「聞いてないんだけど!?」




