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貧乏貴族の俺が貴族学園随一の麗しき公爵令嬢と偽装婚約したら、なぜか溺愛してくるようになった。  作者: ななよ廻る
第1部 第11章

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第1話 妹をかわいいと言う。公爵令嬢が不貞腐れる。

 ルルがユーリの前に姿を見せたのは朝食の席、一晩明けてからだった。


「失礼な態度を取って申し訳ありませんでした」


 素直に謝るというには表情が硬い。

 一晩明けてもまだ引きずっているのは見て取れるが、それでも謝れるくらいには落ち着いてくれたらしい。


 ……相変わらず、メイド服なのは気になるが。


「いや、気にしてないよ。あの程度、他の貴族と比べればかわいいものさ」

「どっちかっていうと、ユーリの方が失礼だったけどな」

「? 覚えがないね」


 小首を傾げるユーリ。

 本気で言ってそうなのが、なおさらたちが悪い。


 咎めるように横目で見るが、ユーリは気にする素振りも見せず「素朴な味だ」と紅茶を口にしている。

 それはうちで1番高い、客人用の茶葉なんだけどな。


 まったく。

 呆れながら食事に戻ろうとすると、席に付かず立ったままのルルがどうしてか目を丸くして俺を見つめていた。


「どうした?」

「や、その……意外だったので」

「意外?」


 そんな要素、今の会話に1つもなかったと思うが。


「兄さんが女性に対して、軽口を叩くのが、です」

「そうか?」


 意識したことはなかった。

 けど、思い返してみれば、女性に悪態をつくことはあまりしていなかったかもしれない。


 社交界にもほとんど出席しないから、接する機会自体が少ないというのもあるけど。


「それに、言葉遣いも砕けてます」

「ユーリが堅苦しくするなって言うからな」


 ただ、実際俺もここまで長引くとは思っていなかった。

 初めて薔薇の庭園でユーリと出会った日、2人のときだけという話をしていたが、偽装婚約のせいで直すタイミングを逸してしまっている。


 付き合いが長くなればなるほど、公爵令嬢であろうとユーリ相手に気を遣うのがバカらしくなったというのもあるが。


 食堂のテーブル、その対面に座っているユーリを窺うと、頬に指先を添えてくすりと笑っていた。


「私と旦那様の信頼の証だね」

「今からでも丁寧に接してあげましょうか?」

「……なにか、背筋を水滴が伝ったような怖気がしたよ」

「言うな、俺もだよ」


 最初はあれだけ公爵令嬢に失礼があっては大変だと戦々恐々していたのに、今では丁寧に接することこそ体が拒否するなんて。


 慣れというのは怖い。


「……愛称で呼んでる」

「ルル? なにか言ったか?」

「文句なんて零してません」


 それは自白ではなかろうか。

 とはいえ、文句とわかっていて改めて内容を尋ねる気にはならない。


 やっぱりまだルルの機嫌は直ってなさそうだった。

 帰ってきてからの妹は繊細なガラス細工みたいで、どう扱っていいか悩む。

 でも、出迎えのときは機嫌よさそうだったんだよなぁ。


 むすっと唇の端を曲げる現在のルルにその面影はまるでないけど。


「ルル、まぁなんだ。言いたいことはあるだろうけど」「いっぱいあります」「……あるだろうけど、いったん朝食にしよう」


 席に座るよう促すが、ルルはどうしてか動こうとしない。


 ちらりと俺の隣の席を窺って、悩むように眉を寄せてから小さく首を左右に振った。


「先に食べてください。掃除をしていて服が汚れてますので、あとでいただきます」

「掃除って、なんでルルが? 町から手伝いの人が来るよな?」

「そういえば、昨夜も今朝も、旦那様が給仕をしていたね」

「……それはいつものことなんだよ」


 なにせ、この家には使用人を雇い続けるようなお金がない。

 他の貴族とは違って、なんでもかんでも人任せというわけにはいかなかった。


 とはいえ、うちの領は金山が枯れて失業者が溢れかえっている。

 仕事を作るという意味でも使用人雇用は必要で、せめてと日中の短時間、町の人に手伝いとして掃除を頼んでいた。


 全体から見れば微々たるもので、やらないよりマシという程度なのだが、やめるわけにもいかなかった。


 なので、俺からすると他のことならともかく、ルルが掃除をしている理由がわからない。


「お母さんの手紙にも書いてあったと思いますが、今、町は新たな金脈の発見で大騒ぎになっています。お母さんが屋敷にいないのも、町で領民たちと今後の相談をしているからです」

「道理で家にいないと思ったら」


 帰ってから、ルル以外の顔を見なかったのはそのせいか。


 母さんにも会っておきたいので、いつ帰ってくるのか確認したら「今日の午後には1度帰るそうです」とルルが教えてくれる。


 詳しい話はそのときかなと考えつつ、もう1人、姿を見せない家族についても尋ねてみる。


「父さんは?」

「どうせ金脈なんてなにかの間違いだと腐っていたところを、お母さんにお尻を蹴られて鉱山の調査に立ち会っています」

「……そうか」


 不憫と思うには、これまで母さんに頼り切りだったので同情の余地はない。

 家長としてまた領主として、これを機に頑張ってほしいものだ。


「で、ルルが掃除でメイド服?」

「はい。汚れてもいい服がこれくらいだったので――似合ってませんか?」


 ちょんっとスカートを摘んで軽く持ち上げる。


「かわいい」

「ありがとうございます」


 ようやく笑顔を見せてくれて、ほっとする。


 帰ってからこれまで、あまり見ることのない不機嫌顔が続いていたので気が気じゃなかったからよかった。


義妹いもうと君相手だとずいぶん素直に褒めるんだね。婚約者の私のことはあまり褒めてくれないのに」

「偽装な?」


 ようやく緩んだルルの顔がまた硬くなる。

 余計なことを言うなとじろりと睨むが、ユーリはいつものように微笑みで躱す。


 吐息をつきつつ、話題にも上がったので丁度いいと、ルルに視線を戻して話を振る。


「俺が帰ってきたのはその新しく見つかった金脈についてだ。いろいろ気になることはあるけど、母さんが帰ってくる前にこれだけは確認したい。金脈の調査費用はどこから出したんだ?」

「……それは」


 ルルが言い淀む。

 さっきまであんなに視線で刺してきたのに、今度は逃げるように目を泳がせる。


 なにかある。


 その挙動不審な態度から察して、じっとルルの返答を待つ。

 けど、ルルは唇をもにょらせるばかりで、なかなか口を開こうとしなかった。


 重苦しい沈黙が続き、ようやくルルが躊躇ためらうようにしつつ声を出す。


「き、」

「き?」

「……、着替えてきますので、失礼します!」

「あ、おいこらルル!」


 呼び止めるも、スカートを翻してぴゅーっと食堂を飛び出していってしまう。


 椅子から半端に立ち上がり、手を伸ばしたまま固まっていると、ユーリがぽつりと零した。


「逃げたね」

「ルル――ッ!」


 絶対、隠し事してるじゃないかよー!


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