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貧乏貴族の俺が貴族学園随一の麗しき公爵令嬢と偽装婚約したら、なぜか溺愛してくるようになった。  作者: ななよ廻る
第1部 第10話

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第3話 偽装婚約者と妹は相性が悪い

「で、どういうことですか、兄さん?」


 まなじりを釣り上げて、じろっと俺と同じ琥珀の瞳でルルが睨みつけてくる。


 突き刺さるくらい視線が鋭い。

 頬に冷や汗が伝う。


 客室に移動したのはいいものの、鳥ではないルルは都合よく忘れてくれなかった。

 黒革が薄くなったソファーに座りながら、対面の妹からの圧力に挫けそうになる。


「ちゃんと説明するから」

「ふふっ」


 俺の隣で笑いを零すユーリを『こいつぅ』と睨むが、効かないことはわかっている。


 元凶なのに。

 だからといって、彼女に説明させたら余計にこんがらがるのは目に見えていた。


 俺しかいないよなぁと肩を落としつつ、むくれているルルに婚約の経緯を説明する。


「偽装婚約なんだよ」

「……? なにを言ってるんですか、兄さん?」


 俺も逆の立場ならそう思う。


 眉を潜めるルルに端的に事情を伝える。


 俺は1人になる場所を提供してもらう。

 代わりに学園内ではユーリの婚約者のフリをして虫除けになる。


 そんな契約を交わしたことを。


 口元に手を添えてしばらく黙り込んだルルは、至極真面目な顔になって俺に言う。


「兄さん、それは詐欺です」

「俺もわかっているんだ……!」


 騙された結果、お前の兄はこうして偽装婚約をいまだにさせられているんだ。


「無効な契約です。破棄しましょう」

「偽装婚約破棄は聞いたことないなぁ」

「兄さん?」

「ごめんって」


 妹に一睨みされただけで負ける兄。

 情けなさを存分に発揮した俺から、ルルは顔を僅かに横に向ける。


 視線の先には、優雅に紅茶を嗜むユーリ(元凶)がいた。


 ルルが僅かに口を開いて、躊躇ためらうようにまた閉じる。

 けど、すぐに膝の上でエプロンをぎゅぅっと握りしめ、強い意思を感じる瞳でユーリを見つめる。


「兄さんとの契約を破棄してください」

「断らせてもらうよ」


 用意していたんじゃないかってくらい、ユーリの返答は早かった。

 微笑んだまま、表情をピクリともさせない。


 ユーリがカップをソーサーに置いた音がやけに響いて聞こえる。


「どうしてですか?」

「旦那様が必要だからさ」


 ぴくりとユーリの耳が動く。


「ユーリアナ様は、お綺麗です」

「ありがとう、嬉しいよ。それと、義姉ねえさんでいいよ」

「…………ユーリアナ様が求婚に困っているというのは、わかります。ですが、その相手が兄さんである必要はありません。言ってはなんですが、兄さんは没落子爵の子息で、資産もないです。子爵位も名ばかりで、到底ユーリアナ様を求婚から守れるような力はありません」


 妹よ。

 偽装婚約を解消しようとしてくれてるのは嬉しいが、そこまで言われると悲しくなってくる。


 全部本当のことだから否定しようはないけど、正しいからって傷つかないわけじゃんだぞ?


「そうだね、義妹君の説明は間違っていない」

「それなら――」

「でも、それはできない」


 あっさりと否定されて、ルルは言葉を失っている。

 僅かに重い沈黙が流れて、「……どうしてですか?」とルルがようやくそれだけを絞り出す。


 そんなルルを微笑ましそうに見つめて、ユーリはふっと口元を綻ばせる。


「義妹君がお兄さんを大好きな理由と一緒かな?」

「――~~……っ!?」


 途端、ぼっとルルの顔が真っ赤になる。


 俺の反応を確かめるように向いたルルの瞳は、涙ぐむように潤んでいた。

 ただ、すぐに俺の視線を避けるように顔を正面に戻して、でもそこにはユーリがいる。


「わ、たしは……、認めたわけじゃありませんのでっ!」


 耐えきれなくなったのか、ソファーから勢いよく立ち上がると、そのまま足早に部屋を出ていってしまう。


 バタンッと珍しく勢いのよい扉の閉め方に、ルルの動揺を感じる。


 張り詰めた空気からようやく解放されて、やっと一息つけられた。


 帰って早々疲れた。

 実家までの道のりですら苦労させられたのに。


 咎めるようにユーリを横目で睨む。


「年下相手に意地悪じゃないか?」

「最初にどちらが上かわからせるのは、貴族の挨拶さ」

「嫌な慣習……」


 そんな世界で生きたくないは。


「でも、それならさっさと公爵家の令嬢って名乗ればよかったろ?」

「……」(じー)

「なんだその『わかってないなぁ、君は』ってジト目」

「わかってるじゃないか」


 わかってないけどわかってるって、ややこしいな。


「そういう立場や権力とは違うところで、ルルリスとは上下を決めたかったんだ」

「なんで?」

「乙女の勘」

「でた、一番の苦手分野」


 ルルもたまに使うけど、その根拠はなんなのか。

 勘と言っている時点で理路整然とした論理なんてないんだろうが、それでいて的中率は高いのだから本当に謎だ。


 そのせいで、ルルが涙目なのは理不尽な気もするが、ルルもルルでやけにユーリに対して当たりが強かったんだよな。


 兄の婚約者と誤解したとしても、俺にならともかくユーリに怒る理由はないはずなんだが……それも乙女の勘というやつなのか。


 わからんなぁ。

 不可思議な勘に頭を悩ませつつ、席を立つとユーリを見上げてきた。


「追いかけるのかい?」

「一応な」


 去り際の、ルルの涙ぐんだ赤い顔を思い浮かべる。


「これくらいで本気で泣くほどルルは弱くないけど、ユーリに強く当たったのは気にしてそうだからな。慰めるくらいはするさ」

「ふむ、強く当たられた記憶はないけどね」


 思案するようにユーリが薬指を下唇に添える。


「普段はもっと人当たりがいいんだよ、ルルは。誰かと違って」

「旦那様、あまり自分を卑下するのはよくないよ?」

「……わかって言ってるよな?」


 尋ね返すと「なんのことやら」と笑って肩をすくめられた。


 皮肉も通じやしない。


 そもそもユーリに口で勝とうというのが無理難題だった。

 なにでなら俺は勝てるのか……うん、あとで考えよう。


 1つも思い浮かばなくて、俺が泣きそうだよとルルを追いかけようとして、ふと気になったので部屋を出る前にユーリに確認する。


「ユーリも大人だからないとは思うけど、妹と仲よくしてくれるよな?」


 じゃないと、これから俺が慰めにいくのが無駄になるんだが。


 俺の言葉を受けて、ユーリは考えるように蒼い瞳を上に向けたあと、正面に戻ってにっこりと微笑んだ。


「もちろんだとも」

「一切信用ならない返答をありがとう」


 それくらい即答しろよ。


  ◆◆◆


 思ったよりも早くルルは見つかった。

 部屋を出たすぐ近くの廊下で、膝を抱えて蹲っている。


 落ち込むことがあるとベッドに潜り込んだり、部屋の隅で小さくなっていたり、とにかくルルは人目を避けようとする。


 体勢はともかく、今日は隠れないだけマシだなと思いつつ、背中を丸めている妹の傍まで歩く。


 正面に立つと、気配で気づいたのかルルがくぐもった声を出す。


「……兄さん、ごめんなさい」

「謝る必要はないから。あれはユーリが――」

「違うんです、兄さん」

「? ルル?」


 呼ぶが、ルルはうわ言のように「わたし、……わたし」と繰り返して、膝から顔を上げた。


「――わたし、ユーリアナ様とは仲よくできそうにありません」


 頬を紅潮させてぷくーっと頬を膨らませている。

 わかりやすく拗ねていた。


 普段から笑顔の絶えない穏やかな妹の、あまり見ない表情にびっくりする。


 相性が悪いのか、それとも違う理由なのかは知らないが、どうあれこれから数日は一緒に暮らすことになる。


 それなのに出会った初日から険悪ムード。

 

 大人しい妹の性格的に正面からぶつかり合うなんてことはしないだろうけど……ユーリが笑ってちょっかいをかけるのが容易に想像できてしまう。


 実家に帰って安心するどころか、新たな不安の種に肩が重くなる。

 金脈の話もまだしてないのに……こんな調子で大丈夫なのか?


 いがみ合う2匹の猫の間に挟まれる。

 そんな情景がふと思い浮かんで、これからの実家生活を暗示しているようで嫌な気分になった。



   ◆第10章_fin◆

  __To be continued.


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