99 「冷え切った会議室での推理」
「係長、ちょっと会議室借りてもいいっすか?」
橘がデスク越しに係長へ声をかけた。
「構わんが、お前ら何やってんだ?」
怪しげな視線を向ける係長に、橘はすかさず答える。
「もう少し待っててください。まだ完全に形が見えてないので、もう少し整理がついたら必ず報告します」
「……おう、わかった」
係長が頷くのを確認すると、橘は篤志を促して会議室へと向かった。
会議室のドアを開けると、ひんやりとした空気が二人を包み込んだ。
窓際のブラインドは半分ほど下ろされており、日陰になった室内は冷え切っていた。
「橘さん、ここ寒すぎません? 今、暖房入れましたけど……しばらくしないと温まらないと思うんで、暖かくなった頃に戻ってきません?」
篤志が肩をすくめながら言う。
「お前ほんとアホだなぁ~」
橘は呆れたように笑いながら腕を組んだ。
「そんなもん、気合いでなんとかなる」
「それ、パワハラじゃないですか~?」
「まあいいから、ミーティング始めるぞ」
「了解いたしました!」
篤志が軽く敬礼のポーズをとると、橘は苦笑しながら、机の上にスケッチブックを広げた。
そこには、事故の被害者と加害者、各病院名、事故の日時、関係者の名前などが整理されている。
橘はそのスケッチブックを指で軽く叩きながら、ゆっくりと口を開いた。
「篤志、お前が電話で聞いた情報……誰かに伝わってるはずなんだよ。だから、まずは各病院の課長たちの繋がりを調べてくれ」
「なるほど……。課長たちが何か情報を共有してる可能性があるってことですね」
「そういうことだ。もし何かしらの関係があれば、そこから事件の核心に近づけるかもしれない」
「了解っす」
篤志は真剣な表情で頷く。
「それと、被害者たちの関係性も洗い直したい。みんな『仲の良い同僚はいなかった』って証言してるが、そこがどうにも引っかかるんだよな……」
「確かに、それが本当なら事件の動機がますます不明になりますね」
「そうだ。だから、もう一度それぞれの交友関係を調べてみよう」
「わかりました」
橘は一度スケッチブックを閉じ、目の前の篤志を見据えた。
「あと、豊島総合病院の人事部にいる佐藤さん。彼なら協力してくれると思う」
「佐藤さん……ですか?」
「ああ。まずは、山口と枝の繋がりがあるかどうか、探ってみてくれ。それと、被害者で総務部の朝比奈麗子のことも聞いておいてほしい」
「朝比奈麗子……了解です。何かわかったら、メールか電話で連絡します」
「頼んだぞ。でも無茶だけはするな。わかったな?」
橘は念を押すように言い、篤志の目をしっかりと見た。
「了解しました!」
篤志は力強く頷くと、資料を手にして会議室を後にした。
橘は彼の背中を見送りながら、もう一度スケッチブックを開き、推理を再び巡らせるのだった。




