表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
97/361

97 【夜に響く優しい調べ】


しばらくして、俺はソファに腰を下ろし、リモコンを手に取りながらまいに声をかけた。


「なあ、あのアニメの続き、そろそろ見ようか?」


気軽に提案したつもりだったが、まいは即座に首を振る。


「今日はダメ!」


そのきっぱりとした拒絶に、思わず俺は眉を上げた。


「えぇ〜、なんで?」


「謙が言ったじゃん! 旅行の計画立てようよ! 早く行きたいよぉ〜!」


まいは目を輝かせながら身を乗り出してくる。

その姿はまるで子供みたいで、俺は思わず苦笑した。


「はぁぁ〜……いきなりかよ」


不意打ちだったけれど、まあいいか。

こんなふうに心から楽しみにしてくれるなら、それだけで俺も嬉しくなる。


「よし、じゃあミーティングでもするか。お酒でも飲みながら」


俺がそう言うと、まいはパッと笑顔になり、「わかった! じゃあ準備するね!」とキッチンへ向かった。


しばらくすると、まいは手際よく簡単なおつまみを用意し、ウイスキーのボトルをテーブルに置いた。

俺はその手際の良さに感心しながら、ふと微笑む。


「やっぱりまいは、こういうのすごいなぁ」


「ふふ、得意なんだから」


まいは誇らしげに言う。

その様子がなんだか微笑ましくて、俺はグラスを手に取った。


「じゃあ、乾杯するか」


「うん、乾杯!」


グラスが軽く触れ合い、ウイスキーの琥珀色が揺れる。

ほろ苦い香りがゆっくりと鼻をくすぐり、まいは「音楽かけるね」とスマホを操作した。


「お、何が流れるかな?」


俺が興味津々で待っていると、スピーカーから流れてきたのは Uru の歌声だった。


──静かに響く、たそれでいてどこか切ないメロディ。


「……この曲を聴くと、入院してた時を思い出すなぁ」


俺はぽつりとつぶやく。


まいはグラスを傾けながら、静かに頷いた。


「……わかる。なんかね、私も考えちゃうかも」


「……」


「それだけ、この人の歌声って、心に響くよね」


いつもなら、お酒を飲みながら楽しく話すのに。

今夜はなぜか、2人とも言葉少なになっていた。


──この曲を聴くと、思い出すことが多すぎる。


俺は、意識のないまま過ごしたあの時間。

そして、そんな俺を待ち続けてくれたまいのことを思った。


まいは、俺の知らない時間を、何を思いながら過ごしていたんだろう。


「まい……」


名前を呼んだけれど、まいは俺を見ずに、ただゆっくりとグラスを揺らしていた。


──何を考えてるんだろう。


「……ねえ、謙」


まいが静かに口を開く。


「ん?」


「……なんでもない」


ふっと微笑んだまいは、再びグラスを口元へ運んだ。


本当は何か言いたいことがあったのかもしれない。

けれど、それを口に出さないまま、まいはただ歌に耳を傾けていた。


俺たちは旅行の計画を立てるはずだった。


でも、今はただ──静かに流れる音楽と、2人の時間を噛みしめるように過ごしていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ