95 「君の笑顔が見たくて」
「まい、お土産」
そう言って袋を手渡すと、まいはぱっと目を輝かせた。
「え、なになに? 何買ってきてくれたの?」
まるで子供のように嬉しそうにはしゃぐ姿を見て、俺はようやく安心した。
さっきまでの不安そうな表情が嘘みたいだ。
……でも。
突然玄関で抱きついてきたことを思い出し、少し胸がざわつく。
やっぱり、俺の事故のせいで情緒が不安定になってるのか?
そうだとしたら、俺のせいなんじゃないか?
そんなことを考えていると、まいが俺を見上げながらにっこり微笑んだ。
「謙、紅茶にしようか? だって、かわいいプリンちゃんだから!」
「任せるよ」
俺がそう答えると、まいは鼻歌を歌いながらキッチンへ向かった。
明るく振る舞うその姿に、今度こそ心から安心する。
今朝の不機嫌そうな顔とはまるで別人だ。
まいには、こんなふうに笑っていてほしい。
ずっと、ずっと。
「なあ、まい」
俺はふと、思い立ったことを口にした。
「しばらく仕事に行かないことになったよ。上司がしっかり休めって言ってくれたんだ」
「え、そうなの?」
まいが驚いたように振り返る。
「ああ。そんな上司に、俺、反発ばっかしてたみたいだけどな」
俺は苦笑しながら続けた。
「だからさ……まいにもたくさん心配かけたし、どうかな。2人で旅行、行かないか?」
その瞬間、まいの表情が驚きに変わり、そしてゆっくりと、眩しいほどの笑顔になっていくのがわかった。
「行く! 行きたい! 絶対行く!」
まいは嬉しさのあまり、また俺に勢いよく抱きついてくる。
俺は苦笑しながら、まいの背中をそっと撫でた。
「おいおい、まい。お湯、沸いてるぞ。ガス、止めて、止めて」
「あっ!」
慌ててキッチンに戻るまいの背中を見ながら、俺は思わず笑ってしまった。
ついさっきまでの不安が、まるで幻みたいに思える。
こうやって、笑い合える時間があることが、ただただ幸せだと思った。




