94 「ただいまの温もり」
ピンポーン──。
チャイムが鳴った瞬間、まいはそれが謙だと直感した。
慌てて涙を拭い、インターホンに出ると、そこには微笑む謙の顔が映っていた。
「ただいま」
その何気ない一言が、胸の奥をじんわりと温める。
「おかえり」
そう返してロックを解除すると、玄関の外でエレベーターを待つ謙の姿が見えた。
まいは急いで洗面所へ向かい、鏡を覗き込んだ。
目の赤みは引いたけれど、まだ少し腫れている。
両手で頬をマッサージしながら、ふっと力なく微笑んだ。
──私ってバカだなぁ。
こんなに不安になるくらいなら、最初から謙を信じ切ればいいのに。
それができたら、どんなに楽だろう。
でも、怖い。
謙がいない時間が長くなるたびに、いつか戻ってこなくなるんじゃないかって。
この幸せが、突然すべて消えてしまうんじゃないかって。
そんな考えが、頭の中をぐるぐると回る。
──信じたいのに、不安が消えない。
自分でもどうしようもない感情に、少し苛立ちながらも、玄関へ向かう。
ドアを開けた瞬間、エレベーターの扉が同時に開いた。
そこには、いつもの謙がいた。
変わらない笑顔。
優しさに溢れた目。
いつも通りの、安心できる存在。
──私って、本当にバカだなぁ。
込み上げてくる想いに、気がつけば裸足のまま駆け出していた。
そして、ためらうことなく謙に思いっきり抱きついた。
「お、おい、まい? どうした?」
驚いた謙が、戸惑いながらも腕を回してくれる。
その温もりに、また涙がこぼれそうになる。
「謙がいなくて……寂しかった……」
震える声でそう伝えると、謙は一瞬きょとんとした後、ふっと吹き出した。
「何だよ、それ」
くすくすと笑いながら、でもちゃんと優しく背中を撫でてくれる。
──この人は、どこにも行かない。
そう信じていいんだよね?
そう思いながら、まいはもう一度、ぎゅっと謙の胸の中に顔を埋めた。
今回から、エピソードタイトルは
【消えた記憶と愛する人の嘘】は消して
話数とその話のタイトルだけに変更いたします。




