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消えた記憶と愛する人の嘘 89 「変わらぬ居場所



橘と栗原を見送り応接室に戻った。


佐藤課長と向き合いながら、俺はできる限りの質問を投げかけた。事故のこと、俺自身のこと、周囲の様子……。でも、結局のところ核心には触れられず、霧の中を手探りしているような感覚が続いた。


それでも佐藤課長は終始落ち着いた口調で丁寧に答えてくれ、時折冗談を交えては俺を気遣ってくれていた。


「焦ることはないからな」


そう言って、課長は穏やかに微笑んだ。


「お前はうちの部署で、上と下を繋ぐ大切な存在だ。今はしっかり休め。俺がいる限り、お前を悪いようには絶対にしないから、安心しろ。」


その言葉が心に深く響いた。俺が今までどんな仕事をしてきたのか、記憶はない。でも、こうして心配してくれる人がいる——それだけで胸が熱くなるのを感じた。


「課長……ありがとうございます。」


感謝を伝えながら、ふとさっきの橘とのやり取りを思い出した。俺は佐藤課長に反発ばかりしていたと聞いていたが、そのことについても正直に謝っておこうと思った。


「課長、さっきの話の中で……俺、結構反発していたみたいで……申し訳ありませんでした。」


そう言うと、佐藤課長は一瞬驚いた表情を見せ、次の瞬間には大きく笑った。


「何言ってるんだよ、バカ野郎。」


そう言ってから、課長は俺を真っ直ぐに見つめ、優しい声で続けた。


「お前みたいに上に文句言える人間が必要なんだよ。みんな言いたくても言えないことってあるだろ?それをお前が率先して言ってくれるから、後輩たちはお前を信頼してるんじゃないか。自信を持て、大丈夫だ。」


まるで父親のような温かさを感じる言葉に、俺は言葉を失った。


「……ありがとうございます。」


かすれた声でそう返すと、課長は大きく頷いた。


「それからな、休みの件は俺からもちゃんと申請しておくから、何も気にするな。お前の席はここにあるんだ。ただ——」


そう言って、課長は少し声を落とし、俺を見据えた。


「必ず戻ってこいよ。お前がいないと、こっちは困るんだからな。」


その言葉を聞いた瞬間、込み上げるものを抑えきれなくなった。


——俺には、帰る場所があるんだ。


知らず知らずのうちに握りしめた拳に、温かさが広がっていくのを感じた。


「……はい。必ず戻ります。」


その約束は、自分自身に対する誓いでもあった。



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