消えた記憶と愛する人の嘘 80 「総務部への案内」
橘と栗原は、豊島総合病院の広々としたロビーにいた。
病院とは思えないほど洗練された空間。
天井は高く、ガラス張りの壁からは自然光が差し込み、明るく開放的な雰囲気を醸し出している。
二人は受付でアポイントメントの確認を済ませ、促されるまま近くのソファに腰を下ろした。
ふかふかとした座り心地の良いソファだったが、これからの会談の内容を考えると、落ち着いてリラックスする気にはなれない。
「……大きな病院ですね」
栗原が周囲を見渡しながらぽつりと呟いた。
「そうだな。思ったより人の出入りも多い」
橘も同じように視線を巡らせる。
受付には次々と人が訪れ、職員と何やらやり取りをしている。
忙しそうだが、受付のスタッフは手際よく対応し、流れるように案内を続けていた。
ふと、エレベーターの方に目を向けると、一人の男性が降りてきた。
スーツ姿の、どこか威厳を感じさせる風格のある男。
彼はまっすぐ受付へ向かい、スタッフと何か話を交わしていた。
すると、受付の女性が彼に何かを伝え、視線をこちらへと向ける。
橘と栗原もそれに気付き、自然と背筋を正した。
次の瞬間——
その男性は、ゆっくりとした足取りでこちらへ歩いてきた。
「お待たせしました。」
低く落ち着いた声が響く。
「豊島総合病院、総務部の課長を務めております、山口と申します。」
名刺を差し出しながら、穏やかな笑みを浮かべている。
一見すると柔和な印象だが、どこか隙のない空気をまとっていた。
橘と栗原も立ち上がり、丁寧に会釈をする。
「お忙しいところ、お時間をいただきありがとうございます。」
橘が代表して挨拶をすると、山口は軽く頷いた。
「いえ、お二人とも遠いところをわざわざありがとうございます。」
「……ここでは何ですから、総務部の会議室でお話ししましょう。」
周囲を気にするようにしながら、山口が提案する。
確かにロビーは開けた空間であり、人の出入りも多い。
「ありがとうございます。」
橘が返答すると、山口は「では、ご案内します」と先導するように歩き出した。
橘と栗原も、それに続く。
重厚な雰囲気を纏う山口の背中を見つめながら、橘は静かに息を整えた。
これからの会話が、どういう展開を迎えるのか——
慎重に進める必要がある。
そう思いながら、二人は病院の奥へと進んでいった。




