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消えた記憶と愛する人の嘘 71 「穏やかな時間と、ふとよぎる疑問」


まいと俺は、家に戻るとソファに並んで座り、Netflixをつけた。


「何を見ようか?」


リモコンを手にしながら作品を探していると、まいが隣で顔を覗き込んでくる。


「ねえ、アニメ見る?」


「アニメ?」


意外な提案に思わず聞き返すと、まいは真剣な表情で言った。


「アニメを侮ってはいけないの、謙! アニメは素晴らしいんだから! いろんなことを簡単に教えてくれるし、奥が深いんだからね!」


得意げに語るまいを見て、俺は苦笑する。


「わかったよ。じゃあ、まいの気になるやつにしよう。」


まいが満足そうに頷き、検索を始める。


「決まったら呼んでくれ。それまでベランダで外を眺めてる。」


そう言い残し、俺は立ち上がった。


夜風に当たろうとベランダに出ると、都会の夜景が静かに広がっていた。遠くのビルの灯りがゆらゆらと揺れ、どこか落ち着くような、でもどこか寂しいような気持ちにさせる。


俺は手すりにもたれながら、ふと考える。


明日、職場に行ってみるか。


記憶を失ってしまった俺にとって、自分の居場所を知るための第一歩だ。


仲の良い友達はいたのだろうか?


もし、俺のことをよく知っている人がいたなら、何か手がかりになるかもしれない。どんな人間だったのか、何を考えていたのか、少しでも知ることができれば……。


ぼんやりとそんなことを考えていると、部屋の中からまいの弾んだ声が聞こえてきた。


「できたよ〜! 早く来て〜!」


振り返ると、ソファでリモコンを握りしめたまいが、俺を呼んでいる。


「はいよ〜。」


軽く返事をして、俺は部屋の中へ戻って行った。


この穏やかな時間がずっと続けばいいのに。そんな願いが、一瞬だけ頭をよぎる。


まいが選んだアニメは『ありふれた職業で世界最強』だった。


「これ、すごく人気あるんだよ!」


まいは嬉しそうに言いながら、再生ボタンを押す。


俺は、アニメか……と少し気乗りしない気持ちでソファに深く座り直した。正直、今まであまりアニメを見たことがなかったし、そこまで興味もなかった。けれど、まいが真剣に画面を見つめる姿を横目に、ウイスキーのグラスを軽く傾けながら、なんとなく視線を向ける。


物語は、主人公がいじめに遭い、孤立してしまうところから始まった。だが、そんな彼を支える存在が現れ、共に戦いながら帰るべき場所を目指していく――。


……なんとなく、今の自分に重なる気がした。


俺は記憶を失い、どこか孤独だった。そんな俺を支えてくれたのが、まいだ。


物語が進むにつれ、主人公を支えるヒロインの姿が、次第にまいと重なって見えてくる。どんなときも明るく、力強く支えてくれる存在――。知らず知らずのうちに、俺は物語に引き込まれ、まいと並んで画面に夢中になっていた。


途中、まいが何度かこちらを振り返って聞いてくる。


「謙、大丈夫? 退屈してない?」


「いや、面白いよ。」


そう答えながら、ふと笑いながら続けた。


「このヒロイン、可愛くていいね。」


「でしょー? 私も大好き!」


まいは嬉しそうに笑い、また画面へと視線を戻した。


静かに流れる時間。隣にいるまいの楽しそうな表情。俺は、この時間が心地よく感じていた。


キリのいいところで一度アニメを止めると、まいがストレッチをしながら振り返る。


「これ、やっぱり面白いねぇ〜!」


俺もグラスを置きながら軽く頷く。


「そうだな。なんか、ハマりそうだ。」


「まだまだ先は長いよ? じっくり楽しめるね!」


まいはそう言って、嬉しそうに微笑んだ。


「じゃあ、二人でゆっくり見ていこうな。」


そう言うと、まいの顔がふわっと明るくなった。


「うん。二人で、ゆっくりね。」


まるで、その言葉の意味を確かめるように、まいはもう一度微笑む。


俺はそんなまいの笑顔を見ながら、この穏やかな時間を大切にしたいと思った。










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