消えた記憶と愛する人の嘘 62 【退院祝いの晩餐】
「謙、とりあえず退院おめでとう」
まいがグラスを軽く掲げながら微笑む。
俺もグラスを持ち上げて、それに応えた。
「……ありがとな」
グラスが軽く触れ合い、乾いた澄んだ音を響かせる。
そんな乾杯から、俺たち2人の晩餐が始まった。
テーブルの上には、まいが用意してくれた料理がずらりと並んでいる。
——ジューシーな鶏肉のソテーに、トマトとモッツァレラのカプレーゼ。
——きのこのガーリックバターソテーに、色鮮やかなラタトゥイユ。
——そして、仕上げにパルメザンチーズをたっぷり振りかけたペンネ・アラビアータ。
「さぁ、食べよう」
まいは自慢の料理を取り皿に取り分け、俺の前にそっと差し出す。
その手つきは慣れていて、まるで本当に料理人のようだった。
俺はまず、鶏肉のソテーをフォークでつまみ、ひと口。
噛んだ瞬間、ジューシーな肉汁が口いっぱいに広がる。
ハーブの香りがほんのりと鼻をくすぐり、バターのコクとガーリックの風味が絶妙だった。
「……うまい」
俺が思わずつぶやくと、まいは横から俺の顔をじっと観察していた。
「本当に? よかったぁ」
彼女は、安心したような、そして少し誇らしげな表情で微笑む。
「まい、これすごくうまいよ」
俺が改めて伝えると、まいは嬉しそうに目を細め、ふわっと笑った。
「ふふっ、それならもっといろいろ食べて?」
彼女は満足げな様子で、また別の料理を取り皿にのせて俺の前に置く。
その仕草はどこか嬉しそうで、俺の反応を楽しみにしているのが伝わってきた。
「まいも食べなよ」
そう言うと、まいはスプーンを持ったまま俺の顔をじっと見つめた。
「ううん、私は……謙が私の料理をおいしそうに食べてくれるのを見てるだけで、幸せ感じるんだぁ〜」
まるで恋する少女のように、頬をほんのりと染めて、俺をずっと見つめてくる。
「そんなに見るなよ……」
俺は少し照れくさくなりながら、またひと口料理を口に運んだ。
まいは嬉しそうに微笑みながら、グラスを手に取る。
テーブルの上にはまだたくさんの料理が並び、俺たちは大人の時間をゆっくりと味わっていた。
外では静かな夜景が広がり、部屋には柔らかなジャズの音が流れている。
——こんな穏やかで幸せな時間が、ずっと続けばいいのに。
そう思いながら、俺はまいの作った料理を、ひと口ずつ味わっていた。




