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消えた記憶と愛する人の嘘 59 【重なる温もり】


俺たちは、そのままソファにもたれかかり、しばらく静かな時間を過ごしていた。


まいの体温がすぐそばにあることが、心地よくもあり、どこか安心感を与えてくれる。


気がつけば、時計の針はゆっくりと夜へと向かい始めていた。


「……これから、どうしようか?」


まいがふと呟くように問いかけてきた。


「時間は、たっぷりあるしな」


そう返すと、まいは少し考えてから、くすっと笑って言った。


「じゃあ……お酒でも飲もうか?」


お酒。


そういえば、俺は酒を飲めるんだろうか? それすらも分からない。


けれど、まいがそんなふうに誘ってくれるのなら、それに乗るのも悪くない。


「いいな、それ。付き合うよ」


俺がそう言うと、まいは嬉しそうに微笑んだ。


「じゃあ、ちょっと待ってて。美味しいの用意するから」


そう言いながら、まいはソファから立ち上がり、キッチンへ向かおうとした。


——その瞬間だった。


なぜか、俺の手が無意識に動いた。


まいの細い手首をそっと引き寄せる。


「えっ……?」


まいが驚いたように振り返る。


俺は彼女の腰を抱き寄せ、そのまま腕の中に閉じ込めた。


「謙……?」


戸惑いながらも、まいは抵抗しなかった。


俺の腕の中で、彼女の鼓動がかすかに伝わってくる。


「……愛してる」


その言葉は、自分でも驚くほど自然に口からこぼれた。


まいの大きな瞳が揺れる。


「……もう、そんなこと……急に……」


小さな声でそう言いながら、まいは俺の顔をじっと見つめている。


俺は、迷いなくまいの頬に手を添え、そのままゆっくりと唇を重ねた。


まいは目を閉じ、何も言わずに身を預ける。


唇が触れ合うだけの、静かで、けれど確かな温もりを持ったキス。


彼女のぬくもりが、俺の胸の奥まで染み込んでくるようだった。


「……謙……」


唇を離した後、まいは小さく息をついた。


そして、頬を赤く染めながら、恥ずかしそうに俺を見つめる。


「……また、謙、反則……」


俺はその言葉に微笑んだ。


「そうか?」


「そうだよ……こんなふうにされたら……」


まいは言葉の続きを言えず、ふいっと顔を背けた。


その仕草が、愛しくて仕方なかった。


「……お酒、用意しないと……」


そう言いながら、まいは照れ隠しのように急ぎ足でキッチンへと向かう。


俺は、そんな彼女の背中を見送りながら、胸の奥に広がる温かさを感じていた。


——今の俺は、まいを愛している。


それだけは、記憶がなくても確かなことだった。

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