消えた記憶と愛する人の嘘 55 【思い出の写真】
俺はマグカップを手にしながら、改めて純一に向き直った。
「すまん、事故のこと——何にも覚えてないんだよ」
そう言うと、純一は一瞬だけ真剣な表情を浮かべたが、すぐに軽く首を振って笑った。
「大丈夫だよ。多分そうかなとは思ってたからさ。そこは気にするなよ」
その言葉に、少しだけホッとする。
まいがちょうど紅茶を淹れ終え、ティーカップをトレーに乗せて持ってきた。
「はい、どうぞ。先ほどは失礼しました!」
彼女は少し背筋を伸ばし、どこか改まったような口調で差し出す。
「……っぷ」
純一と俺は、思わず吹き出した。
まいが真面目ぶろうとすればするほど、さっきの失敗を引きずっているのが丸わかりだったからだ。
「な、なによ! ちゃんとおもてなししようと思っただけだもん!」
まいは頬をぷくっと膨らませる。
「いや、悪い悪い。でも、なんか改まると逆におかしくてさ」
純一が肩を揺らしながら笑うと、まいは「もう!」と拗ねた顔をしながらも、耳まで赤くしていた。
「……ほら、早く飲んで! せっかく淹れたのに!」
照れ隠しなのか、強引に俺たちの前にティーカップを押し出す。
「はいはい、いただきます」
俺と純一は顔を見合わせ、苦笑しながらカップを手に取った。
——そのとき、純一が「あっ」と思い出したように声を上げた。
「そうだ、今日ちょっと見てもらいたいものがあるんだよ」
そう言って、彼は持ってきたバッグを開け、中から何かを取り出す。
「これ、見覚えあったりしねぇかな」
テーブルの上に置かれたのは、一冊の卒業アルバム。
そして、何枚かの古い写真だった。
「おぉ! なにそれ! 見たい見たい!」
まいは目を輝かせながら、すぐさまテーブルに身を乗り出した。
「おいおい、俺よりお前のほうが興奮してないか?」
「だって、謙の昔の写真でしょ!? そんなの気になるに決まってるじゃん!」
彼女はページをめくる前から、すでにワクワクが隠せない様子だった。
俺は卒業アルバムに視線を落とす。
知っているはずなのに、まったく知らない景色——それがそこに広がっている。
「……本当に、俺が載ってるのか?」
そう呟くと、純一は優しく微笑んだ。
「お前のこと、少しでも思い出せるきっかけになればいいなと思ってさ」
それは、ただの懐かしさではなく、俺の記憶が戻ることを願っての行動だとすぐにわかった。
「……ありがとな」
俺はそっと、アルバムに手を伸ばした。
隣では、まいが「早く見よう!」と小さくはしゃいでいる。
純一の優しさと、まいのおちゃめさに包まれながら——俺は、過去の自分を探し始めた。




