消えた記憶と愛する人の嘘 38 「まいへの感謝と、2人で聴く曲」
俺は、まいを じっと真剣に見つめた。
ふざけて笑っていた まいの表情がふっと変わる。
「……謙?」
不思議そうに 首をかしげる。
「急に怖い顔してどうしたの?」
普段と変わらない、普通の口調で まいが聞いてきた。
でも、俺は 目を逸らさずに まいを見つめたまま、 ゆっくりと口を開く。
「まい、ありがとう」
「え?」
「……本当に、ありがとう」
まいの 大きな瞳が一瞬揺れる。
「俺さ、記憶を失って、何もかもわからなくなった。でも、まいがいつもそばにいてくれて…… 俺には、まいは出来すぎた彼女だよ」
「な、何それ」
まいは 照れたように鼻をこすって、ふいっと視線を逸らした。
「まい以外なんて、もう考えられない」
俺が まっすぐにそう伝えると、まいは 慌てたように顔を赤くする。
「ちょ、ちょっと待って! いきなり何言ってんの!」
恥ずかしさをごまかすみたいに 軽く俺の肩を叩く。
「そんな大げさなこと言わないでよ〜!」
口調はいつもの調子だけど、その 頬は少し赤くて、目元はどこか 潤んでいるように見えた。
「……でもね」
少し間を置いて、まいが 小さな声で呟く。
「謙以外は、私は好きになれないよ……」
俺の胸の奥が、 ギュッと締めつけられる。
まいは 照れくさそうにうつむいて、指先をいじっている。
こんなにも大切に想ってくれる人が、俺にはいるんだ。
この 大事な気持ちを絶対に忘れたくない、そう思った。
空気が少ししんみりしてしまったからか、まいは 「えっと……」 と何かを思いついたように携帯を取り出す。
「よし、ちょっと雰囲気変えよっか! 音楽かけるね」
画面をスワイプしながら、まいが 曲を探し始める。
「うーん、どれにしようかなぁ……」
まるで 宝物を選ぶみたいに、楽しそうに指を動かす。
「……あ、これ!」
まいの指が止まった。
「やっぱり、これにしよっかな」
少し照れたように微笑んで、再生ボタンを押す。
――流れてきたのは、Uruの『再会』。
静かに、優しく、どこか 切なく響くメロディ。
「私ね、この曲、すごく好きなんだ」
まいは ふんわりと目を細めて、歌に耳を傾けている。
「……なんかね、会えたことが奇跡みたいな気がしてさ」
そう呟いた横顔が、どこか 幸せそうで、だけど少しだけ切なそう で。
俺は、ただ黙って、まいと一緒に その歌を聴き続けた。




