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357 【今から……】


「謙、なんか飲む?」

まいが静かに問いかけてくる。


「……飲もうか」

俺はゆっくりと返事をしながら、顔を上げた。

「何かあるかなぁ……正直、冷蔵庫とか全然チェックしてなかったから」


「もう、仕方ないなぁ」

まいが小さく笑って立ち上がる。


「電気、つけてもいい?」


「……あぁ、もう大丈夫」


俺がそう答えると、まいはリビングの照明をつけた。

ふわりと部屋に明かりが戻ると、まいはしばらくの間、部屋の中を見渡すようにゆっくり目を動かした。


「謙……何があったのこの部屋?それに謙、すごくやつれて……」


その声には、驚きよりも、深い心配の色がにじんでいた。

目をそらせず、まっすぐに俺を見つめてくる。


「……やっぱり、わかるよな」


俺は苦笑しながら答えた。

どんなに平気なふりをしても、まいの前では何ひとつ隠せない――前から、そうだった。


「何か飲もう。飲みながら全部話すから」


「うん、わかった」

まいはうなずくと、キッチンへと向かって冷蔵庫を開けた。


やがて「ビールしかなかったけど」と言いながら、缶を2本手に戻ってきた。

彼女の手の中には、よく冷えた缶ビール。

俺の前にそっと1本を置いてくれる。


「謙、お腹は空いてる?」


「……今は大丈夫。ありがとう」


俺は軽く首を振って、彼女の気遣いに微笑んだ。


「まい、ここ……隣に座って」


「うん」


まいは柔らかく頷いて、俺の隣に腰を下ろした。

その動きには、変に気を遣うことのない自然さがあった。

心のどこかに、ようやく落ち着ける場所ができたような気がした。


まいは缶のプルタブを開け、カシュッという小さな音が静かな部屋に響いた。

その音が、妙にあたたかく感じられた。


ふたりきりの夜。

言葉を交わす準備が、今ようやく整いはじめていた。



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