338 【1通のメール】
純一が帰っていったあとの部屋には、静けさが戻っていた。
俺はコーヒーカップをキッチンへ運び、軽く洗ってから冷蔵庫を開けて、ビールを一本取り出した。そして、ふぅとため息をひとつついてソファに腰を下ろした。
目の前のテーブルに缶を置き、ゆっくりとスマホを手に取る。画面をスライドしてLINEを開き、まいの名前をタップした。
純一は会っても大丈夫と言ってくれた。
──今こそ、自分の気持ちをちゃんと伝えよう。
そう思った。言葉を選びながら、俺はゆっくりとメッセージを綴った。
⸻
「まい、遅くなってごめんな。
さっきまでいろいろと打ち合わせをしていて、それで返事が遅くなった。
正直、俺なんか全然役に立てなかったけど……でも、今はやれることをやるしかないと思ってる。
それでね、ゴールデンウィーク、どうやら会えそうだよ。
だから、今のうちに無理してでも片付けなきゃいけないことを、全部終わらせておこうと思ってる。
まいと堂々と、何も気にせず会うために。
まず、それを一番に伝えたかったんだ。
……会いたいって、心から思ってる。
あとね、食事はやっぱりダメだな(笑)
お店の惣菜にも飽きてきててさ。
結局、社食が唯一まともな栄養源だよ。
でも今、なんだか無性に今食べたくなってるものがあるんだ。
まいが前に作ってくれた、つけ麺風の焼きそば。
あれ、ほんとに美味しかったよな。思い出すたびに、また食べたくなる。
もう遅い時間だし、もしかしたら寝てるかもしれないね。
返信はまた明日──いや、もう今日か(笑)
おやすみ、まい。
また、連絡するよ。」
⸻
そう書き終えたメッセージを何度か読み返し、ためらいのない指先で「送信」ボタンを押した。
スマホの画面を伏せてテーブルに置くと、静かにビールの缶を開けた。
気持ちが少しだけ、軽くなった気がした。
まいは布団に入ろうとしていた。部屋の明かりを落とし、ほんのり灯る間接照明の下でふと、枕元に置いた携帯に目を向けた。
その瞬間──小さな振動音が静かに響いた。携帯が微かに震えていた。
「……えぇ?」
眠気が混じる中、まいは反射的に手を伸ばし、携帯を手に取った。
通知の点滅を見つけると、胸の奥がドキドキと高鳴った。
目を閉じたまま、そっとスライドしてロックを解除した。
深呼吸をしてから、ゆっくりとまぶたを開いた。
──画面に浮かぶ名前。
「謙」
その一文字がまいの胸を静かに震わせた。
「……謙」
まいは小さく、心の中でその名を呟いた。
眠る前の静けさの中で、あたたかい想いがじわっと広がっていく。
急に心が目を覚ましたように、まいはそっとメールを開いた。
そこに綴られていたのは、あの人の言葉──優しくて、まっすぐで、どこか不器用な愛情。
まいの唇が自然と微笑んでいた。
彼の言葉に触れるたび、心がほっとして、どこか切なくなった。
すると自然にこぼれてきた涙
会えない事が切なかっただけで、会えるとわかった今……
目を閉じていたら止まると思っていた涙。でも止まらない。嬉しくて──そんなまいの夜だった。




