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336 【負のスパイラル】


純一が謙からのLINEに気がついたのは、それが届いてからおよそ一時間後のことだった。

仕事の区切りがつき、ふとスマホを開いたその瞬間、謙からの通知が目に入った。


「……またか」


奴からのメールが届いたという謙の言葉に、純一はすぐに添付されたスクリーンショットを開いた。

ざっと読んだ感触は、いつも通りの脅迫めいた嫌がらせ。

これまでに何度も見てきたような、いかにも卑劣で陰湿な文面だった。


だが――

純一はすぐにスクロールを止め、画面を見つめながら考え込んだ。


(謙が“何か引っかかる”って言うなら……それにはきっと意味がある)


純一は謙の直感を信じていた。

昔から、謙の勘はなぜか的中することが多かった。

特にこういう、人間の“裏”に関わるような場面では、言葉にならない違和感を鋭く察知する力があった。


(何だ……? どこだ……?)


純一は画面を戻し、もう一度メールの文面を最初から読み直した。

1回、2回、3回……何度も、丁寧に読み込んでいくうちに――ある言葉に、ふと目が止まった。


その瞬間、彼の表情が変わった。


(……これか)


直感的に「何かがある」と感じた。言葉では説明できない、けれど見過ごせない“違和感”だった。

それを確認するように、もう一度読み返し、確信を深めていく。


(これは……メールでやり取りしてる場合じゃない)


純一はすぐにメッセージアプリを閉じ、迷わず通話ボタンを押した。

呼び出し音が鳴る間も、その目は鋭く画面のスクリーンショットを見つめ続けていた。


「謙……これは、ただの脅迫じゃない。何かが隠れてる」


その胸の内には、そんな思いが確かに芽生えていた――。



電話に出た謙に対して、純一はいきなり核心を突くように問いかけた。


「なあ謙、今夜……飲み会だったのか?」


唐突な質問に謙は少し戸惑いながらも、すぐに答えた。


「いや、何もなかったよ。普通に仕事を終えて、そのまま家に帰っただけだ」


一拍置いて、純一が続けた。


「じゃあ……3人ではどこまで一緒だった?」


「駅まで。一緒に駅まで歩いただけだ」


謙がそう答えると、電話の向こうの純一の声が急に強くなった。


「謙、今からそっち行ってもいいか?」


「え? あぁ、俺は構わないけど……純一、もうこんな時間だぞ。大丈夫なのか?」


時計の針はすでに21時を過ぎていた。だが、純一の返答は即答だった。


「そんなこと言ってる場合じゃない。謙、お前の情報――もしかしたら、相当ヤバいかもしれない」


謙が何か言おうとした瞬間、純一は一方的に言葉を続けた。


「とにかく、今から行く。あとで詳しく話すから。じゃあ、またあとで」


それだけ言うと、電話はぷつりと切れた。


残された謙は、しばらくスマホを見つめたまま、無言で息を吐いた。

“何かが動き出した”――そんな空気を感じ取っていた。


純一からの電話を受けたあと、俺は再び、あの不気味なメールに目を通していた。


「何が引っかかっているんだ……」


ページをスクロールする指が止まる。意味の分からない苛立ちと、形にならない違和感が胸の奥でくすぶり続けている。


俺にはその“何か”が見えない。ただ、感覚だけが警鐘のように鳴り響いていた。


(純一は気づいた……俺が見落としている何かに)


そう思った瞬間、携帯が震えた。


不意を突かれて、心臓がドクンと跳ねた。再び奴からか――そう身構えながら画面を確認すると、「まい」の名前が表示されていた。


「……まい」


その二文字を目にした瞬間、緊張がわずかに緩む。安堵と同時に、どこか切なさが込み上げた。


俺はすぐに通知をスワイプし、まいからのメッセージを開いた――。


「謙、お疲れ様。

今日はどうしたの? メールくるかなぁって、ずっと待ってたんだよ…。

晩御飯、ちゃんと食べた?

謙の食生活が心配だよ。

会えたとき、もしやつれてたらどうしようって考えちゃう。

だから、ほんとに、体を大事にしてね。

ゴールデンウィーク、会えそうかなぁ。

会えたら……すごく嬉しいな。」


メッセージを読み終えた瞬間、胸の奥に温かいものが広がった。

まいの言葉は、張り詰めていた俺の心をそっとほぐしてくれる。

そしてその優しさに触れた途端――どうしようもなく、会いたくなった。


「まい……。」


俺は、まいからのメールを何度も読み返しながら、どう返事を書けばいいのか悩んでいた。


「会いたい」──その気持ちは嘘じゃない。

むしろ、会いたくて仕方がない。

今すぐにでも、彼女のあたたかい笑顔に触れて、そっと抱きしめたい。


でも、頭のどこかで……

今のこの状況で、軽々しく「会おう」とは言えない。

万が一、まいを危険な目に遭わせてしまったら


そう考えるだけで、胸の奥がぎゅっと苦しくなる。


メールにはゴールデンウィークのことが書かれていた。

俺も本当は一緒に過ごしたいと思っているし、まいの期待にも応えたい。

けれど、それに触れずに返信するのはあまりに不自然で……どうしても、文章が進まなかった。


一言、「会おう」と書けば、それで終わるかもしれない。

でも、その一言が、まいを巻き込む引き金になるかもしれない。


今すぐにでも、声が聞きたかった。顔が見たかった。

あの笑顔に触れて、「大丈夫だよ」って言ってあげたかった。


でも――俺の心には重くのしかかる現実がある。

まいは、何も知らない。知られてはいけない…


俺が今、どんな危険を孕んだ問題を抱えているかを。


これを伝えれば、きっと彼女は心を痛めるだろう。

心配させたくない。巻き込みたくない。

そう思えば思うほど、まいとの距離が遠く感じた。


せっかくまいが差し伸べてくれた温もりすら、今の自分には受け止めることが出来ない……


俺はスマホを握ったまま、ソファーにもたれかかった。

時間だけが、ただ静かに過ぎていく。

返したいのに返せない──その葛藤だけが、胸に重たくのしかかっていた。


俺の心は、また静かに、深く沈んでいった。



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