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332 【明るい彼女】


診察室の扉を開けて


「高木さん、中にどうぞ」


診察室の中から聞き慣れない男性医師の落ち着いた声が響いた。

俺は軽く息を整え、「失礼します」と小さく言ってから、そっと扉を開けて中に入った。


部屋の中は静かで、どこかひんやりとした空気が流れていた。

白衣を着た中年の医師がデスクの向こうでこちらを見ていた。どうやら事前に事情を知らされているらしく、興味を隠しきれないような表情を浮かべていた。


「高木さん……拳銃で撃たれたんですってね。いやぁ、それは……大変でしたねぇ」

少し驚きと好奇心が混ざった声だった。


「はい……まぁ、なんとか」とだけ返す。


「で、今日はとりあえず傷口の様子見でしたよね?」


「はい。よろしくお願いします」


俺がそう答えると、医師はうなずきながら「では、とりあえず見せてもらえますか?」と促してきた。


俺は軽く立ち上がりながら、少しためらいつつも上着に手をかけ、静かに脱いでいった。

シャツのボタンを外しながら、少しだけ緊張している自分に気づいた。

この傷を見るのは、撃たれて以来――実は、自分でも初めてだったからだ。


やがて白衣の看護師がもう一人入ってきて、無言のまま慣れた手つきで包帯を巻き取っていった。

ガーゼを外す指先は丁寧で、少しひやりとした感覚が肌に触れる。


(どんな傷跡になっているんだろう……)


そんなことを考えながら、俺は視線を落とした。

包帯がゆっくり外れていくごとに、何か過去の記憶も一緒にほどけていくような、妙な感覚が胸の奥に広がっていた――



診察台に座ったまま、謙はじっと腕を差し出していた。

先生が近づいてくると、少し身を乗り出して傷口を確認する。


「うーん、やっぱり少しえぐれてしまってるね。でも、筋肉には影響なさそうだし、炎症も起きていない。傷もしっかり乾いているから……明日、抜糸できると思いますよ」


そう言って微笑む先生の表情に、謙は小さくうなずいた。


「ありがとうございます」


包帯の下の傷がどれだけ深いものか――不安もあったが、思ったよりも小さく、きれいに治りかけているように見えた。

「これくらいなら問題ないな」と、内心でほっと胸をなで下ろす。


傍らにいた看護師が、丁寧に新しいガーゼを当て、手際よく包帯を巻いていく。

その間に、先生が再び声をかけてきた。


「明日も、今日と同じ時間で来られますか? 外来が終わったあとになるけど」


「はい、自分はかまいません。先生のご都合に合わせますので」


謙が穏やかに答えると、先生はにこやかにうなずいてから「では、明日も同じ時間にお待ちしています」と言い、奥の診察スペースへと戻っていった。


謙はゆっくりとシャツのボタンをかけながら、自分でも知らず知らずのうちに強ばっていた表情が緩んでいくのを感じた。

それだけ、やはり心に重くのしかかっていたのだろう。


準備を整えて診察室のドアを開けると――そこには、さきほどの鈴木さんが静かに立って待っていた。


「お疲れさまでした。傷、大丈夫そうでしたか?」


その優しい声に、謙は小さくうなずきながら「はい、おかげさまで」と返した。


どこか懐かしい安心感のあるその笑顔に、謙の心は少し和らいでいた。


診察室を出たところで、鈴木さんが待っていてくれた。

その柔らかい笑顔に、謙は自然と表情を緩めた。


「鈴木さん、今日はありがとうございました。明日もよろしくお願いします」


そう声をかけると、彼女は明るく笑った。


「もちろんです。高木さん、無理しすぎないようにしてくださいね。怪我は順調に見えても、身体は意外と疲れてますから」


「はい、気をつけます」

謙は少し照れくさそうに返しながら、腕にそっと目をやった。


「入院中もでしたけど……高木さんって、あんまり自分のこと話さないですよね」

鈴木さんがぽつりとつぶやくように言った。


「そうですか?」と苦笑いをしながら答えると、彼女はふわっと笑った。


「でも、今日またお会いできてよかったです。少しでもお力になれたなら、うれしいです」

そう言って、静かに頭を下げた。


謙も自然と深くお辞儀を返す。


「本当に、お大事にしてくださいね。高木さん」


「はい、ありがとう」


そう言い残して病院の廊下を後にした。

足取りは軽やかだったが、どこか心の中に小さなぬくもりが残っているような、不思議な感覚があった。

また、明日彼女と話すことがあるのかもしれない――そんな予感を胸に抱きながら、謙は職場へと戻っていった。


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