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323 【真実の扉】


署に着き、薄暗い廊下を抜けて捜査課の扉を開けると、見慣れた男が俺のデスクの前に立っていた。


田辺だった。

両手をポケットに突っ込んだまま、にやついた顔でこちらを見ている。


「……おはよう」


軽く声をかけると、田辺はさらに口角を上げた。


「橘ちゃん、おはようさん」


その口調がやけに軽くて、朝から妙に鼻についた。

「お前、なんか気持ち悪いな。何だよその顔……朝っぱらから。なんか、いい情報でも掴んだか?」


俺が眉をひそめてそう聞くと、田辺は肩をすくめながら答えた。


「とりあえず、役員全員、事情聴取済み。

ほぼ全員、基礎的なことは認めてる。

みんな、あっさり話したよ。事件としては――まあ、ありがちって言っちゃありがちかもな」


「田辺、お前さ……それは違うだろ」


思わず語気が強くなる。


「この事件では、何人も人が死んでるんだぞ。『ありがち』なんて、軽く言うなよ」


田辺は少し驚いたように目を丸くし、すぐに表情を曇らせた。


「ああ……ごめん。そういうつもりじゃなかった。軽く言ったつもりはなかったんだけどな」


謝る田辺の声は素直だったが、俺の苛立ちは収まらなかった。


――昨夜の謙のメールの件が、まだ頭から離れない。


言葉には出さないが、心の奥で何かがざわついていた。


「……待てよ」


机に荷物を置きながら、俺はふと思考を巡らせる。


枝たち役員がすでに正直に話し始めているということは、今さら何かを隠しても意味がないと踏んだのかもしれない。

裏を返せば、“今なら”もっと核心に近づけるかもしれない――。


「田辺、今から枝に会えるか?」


声をかけると、田辺は少し驚いたような顔でこちらを見返した。


俺の中にはもう一つ、確かめたいことがある。


すべての手がかりは、まだこの事件の中に残っている気がしてならなかった。



「田辺、頼む。なんとか段取りしてくれよな」


橘がそう言うと、田辺は少しだけ眉を上げ、呆れたように鼻を鳴らした。


「まったく……お前ってやつは、いつも急に言い出すんだからな」


文句を言いつつも、田辺の口調はどこか楽しげだった。

結局、こうして頼みを引き受けてくれるのが彼のいいところだ。


「まあいい。今、確認してくる。そこで待ってろよ」


そう言い残し、田辺はポケットに手を突っ込んだまま、ゆっくりと部屋を出て行った。


静かになった部屋の中で、橘は自分の席に腰を下ろした。

鞄からノートを取り出し、ペンを手に取ると、目の前の白紙をじっと見つめる。


――まず、何から聞くべきか。


ノートに一つひとつ、問いを整理するように書き出していく。


「いつから、あの計画が始まっていたのか」

「最初に言い出したのは誰だったのか」

「杉田という男は、どういう人物だったのか」

「“あの夜”、枝が手渡したものの正体は何だったのか」

「殺人が絡んでいたと、その時点でいつ知っていたのか」


箇条書きのメモが増えるにつれ、事件の輪郭がぼんやりと浮かび上がってくる。


そしてふと、橘の思考が別の方向へと伸びていった。


――待てよ。もし枝たちが、謙からの電話についても調べていたとしたら?


携帯にかかってきた番号の発信元を追っていた可能性。

あるいは、会社にかかってきた“着信履歴”そのものを洗っていたとしたら。


謙の電話番号をどこかで知った人物がいる。

それが偶然ではないとしたら、そこに“何かしらの接点”があるはずだ。


その接点が、枝から得られる情報と繋がるかもしれない――。


手元のペンが止まり、橘はじっとノートの上を見つめた。

小さなピースが、いま音もなく動き出した気がした。



しばらくして、田辺が事務室へ戻ってきた。

手には数枚の書類を持ったまま、足取りはどこか急いでいたが、それでも俺の目の前でピタリと立ち止まると、少しだけ胸を張って言った。


「橘、15分後に1時間だけだが、第一取調室の時間を確保した。感謝しろよな」


その言い方は少しぶっきらぼうだったが、どこか誇らしげで、俺に協力したことへの満足感がにじんでいた。


「おぉ、サンキュウ。助かる」


俺は手を止め、ノートを閉じながら軽く返した。

田辺は頷くと、他の予定をこなしに再び足早に去っていった。


「第一取調室だからな!」

後ろから田辺の声が飛んできた。


「わかってるよ」

俺は肩越しに答えながら、机の上に置いていたメモやノートをまとめ、立ち上がった。

そして、隣のデスクで黙々と資料を整理していた篤志に声をかけた。


「篤志。これから取り調べに入る。お前も一緒に来い」


「えっ……あ、はい!」


突然の指名に、篤志は少し驚いた様子だったが、すぐに椅子から立ち上がり、慌てて書類を揃えた。

若干の緊張が顔に表れていたが、それでも目の奥には真剣な光が宿っていた。

こういう場数を一つひとつ踏むことで、彼も少しずつ捜査官としての経験を積んでいくのだろう。


俺は無言で頷き、歩き出した。

その後ろを、篤志が足音を抑えながらついてくる。


取調室までの廊下を歩くたび、少しずつ頭の中が整理されていく。

これまでの証言、資料、そして感じた違和感。

すべてを胸に刻んで、俺たちは静かに第一取調室へと向かっていった。


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