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301 【もう二度と…必ず守る……】


篤志は素早くスマートフォンを取り出し、カーナビに湯川の自宅の住所を入力した。

画面にルートが表示されると同時に、「設定完了です」と声をかける。


その声を待っていたかのように、橘はアクセルを力強く踏み込んだ。

タイヤが路面を蹴り上げ、車は勢いよく走り出す。


「……湯川。今度こそ、絶対にお前を守ってみせる。どんなことがあっても、必ず――」


低く、固く呟いた橘の声は、誰よりも自分自身への誓いのようだった。

彼の瞳は前を真っ直ぐ見据え、わずかの迷いもなかった。


篤志は助手席で緊張した面持ちのまま、赤灯を手に取ると静かにセットした。

続いて、サイレンのスイッチを押す。

次の瞬間、けたたましいサイレンが深夜の静寂を切り裂いた。


「ウゥーーー!ウゥーーー!ウウウウウーーー!!」


ゴォォォオオオン――!


重たい警告音が、街中に響き渡る。

眠っていたビルの窓、交差点の信号、すれ違う車が一斉に気配を察し、道を開けていく。


深夜の闇を切り裂いて、1台の覆面パトカーが一直線に走っていく。

今起きた後悔を二度と繰り返さないために。

何よりも、一人の命を救うために。


橘の指がハンドルを握る力は、今までにないほど強く、

隣に座る篤志の眼差しもまた、いつになく真剣だった。


2人の警察官が背負う責任は重い。

それでも――今だけは、そのすべてを振り切って走るしかなかった。


深夜の街を突き抜けるように爆走する車の中で、突然、無線機がパチッと音を立てた。

車内に重々しい声が響き渡る。


「――橘、栗原。無茶は、決してするなよな」


それは関川係長だった。

穏やかなようでいて、どこかに焦りと苛立ちが混ざる声色。

部下たちの身を案じていることが、痛いほど伝わってくる。


篤志はすぐにハンドマイクを取り、真剣な声で応じた。


「はい、わかってます。俺たちを信じてください。

今は……今は、湯川の命が危ないんです。何があっても守ります。報告はあとで。

無線、いったん切らせてもらいます!」


その言葉に一瞬、無線の向こうでため息のような沈黙があった。


「……お前も、貫禄が出てきたな。頼むぞ」


それが、関川のすべてだった。

短く、だが信頼のこもった言葉に、篤志の口元が少し緩んだ。


「橘さんのおかげっすよ、全部」


「……お前も、立派になったな」


そう短く応じた橘の横顔は、どこか誇らしげだった。

しかし、その眼差しは一点を見つめるまま鋭く、緩むことはない。


2人の間に言葉はなかったが、すでに意思は通じ合っていた。

目指す先は一つ、湯川の自宅。


「あと5分で着きます!」

篤志が前方を確認しながら叫んだ。


「了解!」


橘の声は短く、力強く返された。

赤灯が回り、サイレンが街に鳴り響き続ける。

その音は、今夜またひとつの命が消えることのないように――

祈りのように、怒りのように、街の闇を貫いていく。


湯川のマンションが近づいてきたところで、橘達はは静かに赤灯のスイッチを切った。

続けて、篤志がサイレンも止める。

深夜の静寂が一気に車内に戻り、2人は張りつめた空気の中に身を置いたまま、スピードを落として慎重に車を進めた。


「……橘さん、あれ……」

篤志が前方を指差し、声を潜めて言った。


そこには、見覚えのある白いワーゲンがあった。

街灯にぼんやりと照らされながら、マンションの前に何食わぬ顔で止められている。


「……やっぱり、来ていやがったか」


橘は眉をひそめると、静かに車を道路脇に停めた。

エンジンを切ると、夜の闇が一層濃くなる。

2人は互いに目を合わせ、無言のまま車から降りた。


「いいか、篤志」

橘が小声で言う。だがその声には鋭さがあった。

「奴はまだ中にいるはずだ。だから焦るな。俺たちは2人いる。落ち着いて、確実に動け。絶対に、焦って飛び込んだりするなよ」

「……はい、わかりました」


緊張が走る中、2人は車のドアを静かに閉め、まるで音を立てないように歩を進める。

草の葉を踏む微かな音と、自分の呼吸の音だけが耳に残る。

夜の空気はひんやりとしているのに、背中にはじわじわと汗が滲むのがわかった。


湯川のマンションの前に差しかかり、橘が一瞬、周囲を見回す。

物音ひとつしない。人気もない。

ただ、白いワーゲンだけが不気味にその存在を主張していた。


2人は足音を忍ばせながら、階段で上に上がり玄関の前にそっと立った。

橘がポケットから懐中電灯を取り出し、照らさないように手で覆いながら足元と鍵穴を確認する。


部屋の中は、静まり返っていた。

カーテンの隙間から漏れる光はなく、電気もついていない。


「……中、真っ暗ですね」

篤志が小声で囁く。


「静かすぎるな……嫌な予感がする」


橘は表情を引き締めたまま、ドアノブに手をかけた。

それが回るのか、それとも鍵がかかっているのか――

その一瞬が、まるで何分にも感じられるほど、長く張り詰めていた。


そのとき2人の耳に聞こえてきたのは――

微かに床をきしむような物音だった。


「……中に、いる」


橘の声は低く、そして鋭かった。


橘と篤志は、まるで呼吸さえも殺すようにして玄関の扉に身を寄せた。

橘がドアノブにそっと手をかけ、ゆっくりと回す――カチリ、という乾いた音が響く。

鍵は、かかっていなかった。


一瞬、2人の視線が交わる。

何も言葉はいらない。ただ、うなずき合うことでお互いの覚悟を確かめた。


橘が静かにドアを押し開ける。

ドアが閉まるわずかな音さえ、場違いなほど緊張感を煽った。

2人は足音を殺し、玄関を抜けて廊下へと進んでいく。

息を潜めながら歩みを進めるその先から――確かに聞こえてきた。

不規則な何かを引きずるような音。

狂気に蝕まれた“魔の音”だ。


橘は気配を探る。

篤志も後ろから拳銃を構え、橘の動きに合わせるようにして一歩ずつついていく。

気温の低い夜だというのに、2人の額にはじっとりと汗が浮かび、背筋を冷たい緊張がおおいかぶさる。


そして、音の主がいるであろう部屋の前までたどり着いた――。


次の瞬間

目に飛び込んできたのは、今まさに湯川に馬乗りになり、ナイフを振り下ろそうとする男の姿だった。


「てめぇ、いい加減にしろぉーっ!!」


怒号とともに橘が猛然と突進した。


ウォーーーーォ!

ドォーーン!

体ごとぶつかるようにして男にタックルをかました瞬間、空気が裂けたような衝撃音と共に、男の体が吹っ飛んだ。

ゴォーン!ガタガタカシャーん!!

ナイフが床にガシャリと落ちる。


すかさず橘は前転気味に体勢を立て直し、低く腰を構えた。

肩幅を開いて、両腕を広げる。

いつでも、どこからでも来い――そう語るような構えだ。


「篤志、援護っ!」


ドタドタドタドタ!!


背後で篤志の足音が動くのを確認しながら、橘は目の前の男の動きに全集中する。


だが、相手もただの素人ではなかった。

地面に転がったナイフを素早く拾い上げ、歯をむき出しにして睨んできた。


「うるせぇんだよ……邪魔ばっかしやがってぇぇ!!」

シュ!シュ!シュ!

男は狂ったようにナイフを振り回しながら突進してくる。

無秩序な動きだが、勢いだけは凄まじい。

シュ!シュ!シュ!


鋭く光る刃先が、何度も橘の視界をかすめた。

「てめぇ、いい加減にしろぉーっ!!」


橘の怒声が室内に響き渡る。

そのまま全身をぶつけるように突進し、凄まじい勢いで男に体当たりをかました。


ゴーン!ガタガタドスン!!

と鈍い衝撃音と共に、男の身体が後ろへ吹き飛ぶ。


「湯川、大丈夫か!」


橘が叫びながら無事を確かめようとする。

だが、男はすぐに体勢を立て直していた。

狂気の目で橘を睨みつけると、血走った目をギラつかせながら叫んだ。


「邪魔すんな……邪魔すんなぁあ!!」


橘も構えを取り直す。

篤志もすかさず背後から部屋へ入り、拳銃を手に警戒態勢を取る。


「動くな!警察だ、逃げ場はねぇぞ!」


だがその瞬間、男は窓の方に視線を投げた。

橘がハッと気づいた時にはすでに遅かった。


「篤志、止め――っ」


男は反動をつけて立ち上がると、そのまま一気に窓へと駆け出した。

割れた窓ガラスの縁を蹴り、夜の闇へと飛び込んだ。


ガシャァン!!

破片が散らばり、夜風が部屋に吹き込む。


橘と篤志は窓際へ駆け寄る。


「くそっ、逃げやがった……!」


橘が歯ぎしりしながら辺りを見下ろすが、男の姿は既に塀を越えて暗闇の中に走り去って行った


「大丈夫か、湯川……!」

ガタガタガタガタガタガタ……

振り返ると、湯川は床に座り込んだまま、震えながらも無事だった。

篤志がそっと近づき、上着をかけて支える。


橘は深く息を吐いた。


「……あと一歩だった。次は絶対、逃がさねえ」


その目は怒りと決意に燃えていた。


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