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284 【メールの力】

消えた記憶と愛する人の嘘 284



まいからのLINEは、思ったよりも早く返ってきた。

着信音が鳴ると、すぐに携帯を手に取り、急いで画面を開いた。


そこに並んでいた、まいの真っ直ぐな言葉たち。

読み終えた瞬間、謙の胸に、じんわりと温かいものが広がった。


――やっぱり、まいは優しいな。

今日一日、俺のことだけを考えていてくれたんだ……。


そう思うと、自然と頬が緩んだ。

それに比べて自分は、ずっと別のことに囚われて、戦う準備ばかりしていた。

もちろん、戦いたいわけじゃない。だけど、守るために必要なことだと信じていた。


ふと、ため息をひとつ吐き、謙は携帯を握り直した。


何を伝えたらいいだろう。

どうすれば、この温かい気持ちを、ちゃんとまいに届けられるだろうか。


悩みながら、ゆっくりと文字を打ち始めた。



「まい――。

まいは、そのままでいいんだよ。何も変わらなくていい。

俺は、まいのまっすぐな優しさが、何よりも大切なんだ。


俺は今、色んなことを考えてる。

まいに会えない時間は、寂しいし、すごく辛い。

だけど、きっと今は、お互いに少し振り返る時間が必要なんだって、そう思うようにしてる。


なんか、言葉が硬くなっちゃったな……。

でも、まいのLINEを読んで、本当に大事なことをちゃんと伝えなきゃって思った。


大切な事を伝えないと、またまいの事だから不安になるもんね。


まいに対する気持ちは、絶対に変わらないよ。

好きだよ。これからも、ずっと……。」



打ち終えたメッセージを、もう一度読み返す。

自然と小さな笑みがこぼれた。

心の中に浮かぶのは、愛おしいまいの笑顔だった。


そして謙は、そっと画面をタップして「送信」した。




まいは、食材を片付けながらも、ずっと携帯が気になっていた。

謙が読んでくれたかな、返事をくれるかな――そんな小さな期待と不安が、胸の奥で静かに揺れていた。


そんなとき、ふとテーブルの上に置いた携帯が、優しく振動した。

びくりと肩を震わせながら、まいはすぐに画面を覗き込んだ。


「謙……」


そこには、謙からの返信が届いていた。

震える指で画面を開くと、ゆっくりと、謙の言葉が目に飛び込んできた。


『まいは、そのままでいいんだよ。何も変わらなくていい。

俺は、まいのまっすぐな優しさが、何よりも大切なんだ。

まいに対する気持ちは、絶対に変わらないよ。好きだよ。これからも、ずっと――。』


読み進めるごとに、胸の奥から、透き通っていく様な気持ちが広がっていった。

大きな声をあげて泣くわけでもない。

だけど、まるで春の陽だまりに包まれるみたいに、静かに、じんわりと心が満たされていく。


自然と頬に、涙が一筋流れた。

だけどその涙は、さっきまでの不安や悲しみの涙とはまったく違った。


嬉しくて、幸せで、胸がいっぱいになった涙だった。


「……謙……ありがとう……」


誰に聞かせるでもなく、ぽつりと小さな声でつぶやく。

心からの気持ちだった。


まいはそっと携帯を胸に抱きしめた。

ぎゅっと、大事な宝物を守るように。

そして……

「お姉ちゃん、ありがとう…」


お姉ちゃん、大丈夫だよ。

謙がいてくれる限り、私はまたがんはれる。

何度だって、前を向ける。


まいの心に、小さな光がぽっと灯った。

それは、誰にも消せない、確かな希望だった。




キッチンで食材を片付けていると、

玄関の方から「ガチャ」と扉が開く音が聞こえた。


まいは手を止め、そっと玄関の方へ顔を覗かせた。

「おかえりなさ〜い」

明るい声でそう言うと、すぐに「ただいま〜」と香の返事が返ってきた。


香は靴を脱ぎながら、まいの顔をちらりと見て、

「あれ? まいちゃん、今日もテンション高いね。何かいいことでもあった?」

と、にやりと笑って尋ねた。


まいは、少し照れくさそうに笑いながら

「後で話しますね」と小声で答えた。


すると香はすぐに察したように、

「ふふっ、謙さんのことだな〜?」

と、からかうように言った。


その言葉に、まいは自然と笑みがこぼれてしまった。

頬がほんのり熱くなるのが自分でもわかった。


「まいちゃん、わかりやすいなあ」

香が楽しそうに声を弾ませる。


「えぇ〜、香さんだからですよぉ〜」

まいは慌ててそう言い訳をしたけれど、香は首を振って、にっこり笑った。


「違う違う。誰でもわかるってば!」


香の言葉に、まいはますます顔を赤くしてしまった。

でも、そのやり取りさえ、心がじんわり温かくて――

まいは、ただ嬉しそうに笑った。


香はコートを脱ぎながら、

「さ、私は手洗ってくるから、まいちゃん、その間にちょっとお茶でも淹れといて〜」

と、軽く頼んできた。


「は〜い!」

まいは元気よく返事をし、湯沸かしポットのスイッチを押した。

こんなふうに、誰かと交わす何気ないやり取りが、今の自分にはとてもありがたかった。

さっきまで不安に押し潰されそうだった心が、少しずつほぐれていくのを感じる。


香が戻ってきて、ダイニングの椅子に腰を下ろすと、

「で? まいちゃん、早く聞かせてよ。何があったの?」

と、わくわくした目で見つめてきた。


まいは笑いながら湯呑みにお茶を注ぎ、自分も香の向かいに座った。


「うん……えっとね、さっき、謙からLINEが来たの」

まいは、ちょっと照れくさそうに、けれど嬉しそうに話し始めた。

「返信が来るまで、ずっと不安で、不安で……今日1日、全然手につかなくて」

「ふんふん」

香は大きく頷きながら、急かさずに続きを待っている。


「でも……LINE読んだら、そんな不安、全部吹き飛んじゃって……」

まいは胸のあたりをぎゅっと押さえた。

「謙、私のこと、ちゃんと想ってくれてた。だから、すごくホッとしたの……」


言いながら、また涙が滲みそうになって、慌てて笑顔でごまかした。


香は優しい目をして、今日のまいの1日の話を聞いていた。

「よかったね、まいちゃん。ちゃんと繋がってるじゃない」

「うん……」

まいは小さく頷いた。

「私、何でもっと謙を信じられなかったんだろうって思った」


香はにっこり微笑み、まいの肩をぽんっと軽く叩いた。

「そうやって気づけたのも、ちゃんと想ってるからだよ。想うって、楽しいことばっかりじゃないからさ」


まいはその言葉を胸の奥で、そっと噛み締めた。

心の中に、小さな灯りがまた一つ、そっと灯った気がした。


「ありがとう、香さん……」


そう呟いて、まいはそっと笑った。

少しだけ、自分を好きになれた気がした。



「香さん、座っててください」

まいはにこりと微笑むと、エプロンをぎゅっと結びなおしながら言った。

「夕食の用意、私がやりますから」

「わぁ、いいの? ありがとう」

香は嬉しそうにリビングの椅子に腰を下ろした。


まいは手早くキッチンへ向かいながら、

「今日はお刺身を買ってきたんです。それと……肉じゃがも。これでいいですか?」

と振り返って聞いた。


香は目を輝かせながら、大きく頷いた。

「最高だよ〜! これは今夜もお酒を飲まないとね!」

楽しげに笑う香の声に、まいの頬も自然と緩んだ。


手際よく、まいは取り皿と箸を用意し、料理をテーブルの中央に並べていった。

お刺身がきれいに盛り付けられた皿、ほっこりと煮えた肉じゃが、湯気の立つ味噌汁と炊きたてのご飯。

テーブルが一気に温かい空気で満たされる。


「ご飯と味噌汁も用意できました」

まいが香に声をかけると、香は本当に嬉しそうにまいを見つめた。


「まいちゃん……」

少し声を詰まらせるようにしてから、にっこりと微笑む。

「ずっと一緒に暮らせたらいいのになぁ。こんな妹がいたら、私、本当に幸せだよ」


まいは驚きながらも、香の言葉がに響いた。

誰かにそんなふうに言ってもらえる自分が、嬉しかった。


「私もです。香さんと一緒にいると、すごく安心するんです」



まいは静かに、でも心からの笑顔を見せた。


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