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273 【親友の彼女、私の親友】


「まいちゃん、今夜、何食べようか〜?」


キッチンカウンター越しに香が顔を出すと、まいは嬉しそうに微笑んで、すっと立ち上がった。


「私、作ります」


「えっ?お客さんなのに?」


「はい。私、料理本当に好きなんです。だから、よければ…作らせてください」


そのまっすぐな目と優しい声に、香はふっと肩の力が抜けるような気がした。


「じゃあ…甘えちゃおうかな。お願いしようかな」


「はい」


まいはうれしそうににっこり笑うと、そっとキッチンに歩いて行った。


「冷蔵庫、見てもいいですか?」


そう尋ねるまいに、香は微笑み返して答えた。


「遠慮しないで。勝手に見ちゃっていいよ。たいしたものは入ってないけどね」


まいは丁寧に冷蔵庫の中を確認しながら、振り返って尋ねた。


「香さん、ごはん系とパスタ系なら…どちらがいいですか?」


「うーん……今日は、ごはんがいいかな〜」


「わかりました。じゃあ、ちょっと時間くださいね」


食材を確認し、献立を考えながらキッチンに立つまいの姿を見て、香は自然と微笑んでしまう。


――この子、本当にいい子だなぁ。


丁寧で、気遣いがあって、無理に背伸びしてない。しかもかわいらしい。純一が「まいちゃん、すごくいい子なんだ」って言ってたけど、あれはただののろけじゃなかったんだなぁと、女の自分にもわかる気がした。


「まいちゃんって、お酒飲めるの?」


香がふと尋ねると、まいは振り返って小さく笑った。


「はい。お酒、好きです」


「そうなんだ! じゃあさ、今夜ちょっと飲んじゃおうか。せっかくだし、恋バナしようよ」


「……はい。楽しそうです」


まいの頬が少しだけ赤くなった気がして、香は内心ますます彼女のことが気に入ってきた。


「何か、買い足したほうがいいものある?」


「えっと……リッツと、塩辛、それと……鶏のひき肉をお願いしてもいいですか?」


「了解っ!おつまみも完璧じゃん。任せて!」


香はエコバッグを片手に軽く手を振ると、まいの方を見てにっこり。


「じゃあ、あとはお願いね。スーパーすぐそこだから、すぐ戻るよ」


「はい。……気をつけてくださいね」


「行ってきまーす!」


玄関のドアが閉まる音とともに、まいはひとり、静かなキッチンに向き直った。


この空間に少しずつ、自分の居場所ができていくような気がして――まいの胸は、少しだけあたたかくなっていた。




まいはエプロンをつけて、慣れた手つきで台所に立っていた。


まずは炊飯器にお米をセットし、コトコトと湯気を立てる鍋では、大根の薄切りが味噌の香りに包まれて優しく踊っている。冷蔵庫にあったキャベツは手早く千切りにし、塩をまぶして軽くもみ込んだ。浅漬けのようにして、さっぱりとした一品に仕上げるつもりだった。


メインは、ホイルの中に並べたエノキと椎茸、そして鮭。バターとほんの少しの醤油を垂らして、香ばしい香りが部屋に広がり始める。


「あと、鶏ひき肉が届いたら……あんかけの卵焼きにしようかな」


まいがそう呟いた時だった。

玄関の扉がガチャリと開き、明るい声が部屋に響いた。


「ただいまぁ〜!」


香の声だ。振り向いたまいが、パッと笑顔を見せる。


「おかえりなさーい!」


その声を聞いた香は、思わず立ち止まって笑った。


「まいちゃんの声、なんかすっごくいいね。元気がもらえる感じ!」


「えっ、そんな……恥ずかしいです」


まいは頬を赤らめながら、少し照れたように笑った。


「それにこの匂い……やばい、お腹ぺこぺこになってきた! 本当にお料理作るの得意なんだねぇ。楽しみ」


香は買い物袋を掲げながら、まいにウィンクする。


「お酒、たっぷり買ってきたからね。今夜は楽しく飲もうよ。恋話、たくさんしよ!」


「はいっ。楽しみにしてます」


笑顔でうなずくまいの頬はほんのり紅潮していて、キッチンの灯りに柔らかく照らされていた。

台所には、温かい匂いと優しい空気がふわりと広がっていた。


香は買ってきたひき肉をまいに手渡すと、さっそくダイニングテーブルのセッティングを始めた。

テーブルクロスを整え、グラスを並べながら振り返ってにこりと笑う。


「まいちゃん、やっぱり最初はビールでしょ〜?」


「ですよねぇ〜!」


まいも自然に笑顔がこぼれる。

ふたりはどこかテンポの合った空気の中で、それぞれの役割を軽やかにこなしていった。


やがてキッチンから、まいの明るい声が響いた。


「できました〜! 今、運びますね」


トレイを手に、ホイル焼きや味噌汁などの湯気の立つ料理を一つひとつ運びながら、ふと香が顔をしかめたような表情で口を開く。


「……でも、まいちゃん、まだちょっと他人行儀だな〜」


「えっ?」


まいは一瞬戸惑ったように手を止めた。


「私たちさ、親友の彼女同士でしょ? だったら、もう遠慮とか敬語とかいらないんじゃない? だって親友の彼女も、ある意味親友じゃん。だからこれからタメ口でいこうよ!」


香の言葉に、まいは驚きながらも、少し照れたように笑う。


「……はい」


「ダメ〜〜!」


香がすかさず両手を振って笑いながら言う。


「そこも敬語じゃん! もっとこうさ、ノリよく。例えば……“オッケー!”とか、“了解!”とか?」


まいは少し悩むような顔をしたあと、首をコクンと傾けて――


「オッケー!」


「いい感じ!」


2人は顔を見合わせ、今度は心からの笑い声を響かせた。


夕暮れの光が差し込む部屋の中で、その笑い声はふんわりと溶けていった。

お互いの距離が、親友という香の言葉でいっそう縮まった事をまいは嬉しく感じていた。



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