247 【笑顔を咲かせた場所】
俺たちが停留所へ戻ると、先ほど乗ってきたワゴン車がすでに待機していた。
車の中で穏やかな笑みを浮かべているドライバーの姿が見える。
車が静かに扉を開けると、ドライバーは優しい声で尋ねてきた。
「いかがでしたか?」
まいは迷うことなく、パッと明るい笑顔を見せた。
「すごく良かったです。あんな綺麗で落ち着いたお家、まさに理想です。
でも……東京ではなかなか難しいですけどね」
まいの言葉に、ドライバーはくすっと笑いながらうなずいた。
「確かに、東京ではなかなかあの環境は再現できませんよね。
でも北海道なら、夢じゃありませんよ。のびのびとした自然の中で、ああいう暮らしは可能です」
そう話しながら、ドライバーはふと懐かしむような口調で付け加えた。
「あの家、実は昔、ドラマのロケ地として使われていたんですよ。もうずいぶん前になりますけどね」
まいは目を見開き、興味津々といった様子で身を乗り出す。
「えっ、そうなんですか?
帰ったら調べてみます。そのドラマ、見てみたいな」
するとドライバーは親切に微笑んで言った。
「受付に、そのドラマに関するパンフレットが置いてあったと思います。
戻ったらお渡ししますね」
「ありがとうございます!」
まいは嬉しそうにお礼を言い、俺も自然と微笑み返した。
「では、シートベルトをお締めください。出発します」
そう言って車はゆっくりと動き出した。
まいは車窓の景色を名残惜しそうに見つめながら、心のどこかでこの風景を焼きつけているようだった。
「謙、帰ったら絶対にそのドラマ、一緒に見ようね」
まいが目を輝かせてそう言ってきた。
「うん。Netflixにあるといいなぁ」
俺もその提案が嬉しくて、思わず頷いた。
「ふふ、とりあえず帰ってからの楽しみが一つ増えちゃった」
まいはまるで子供のように無邪気に微笑んでいる。その様子に、こっちまで嬉しくなる。
ふと、俺は時計を確認しながら尋ねた。
「まい、お腹空いてないか?」
「そういえば……もうそんな時間なんだね。楽しくて、すっかり忘れてた」
そう言いながら、まいはちょっと驚いたようにお腹を手で軽く押さえた。
「じゃあ、ホテルに一度寄って荷物だけ預けてそこで食事する?
それとも少し頑張って農園の方まで行ってみる?どっちでもいいよ」
すると、まいは目を輝かせてすぐに答えた。
「うん、もう少し頑張っちゃおうかな!農園の方が、珍しいものがあったりして楽しそうだし。
ホテルは夜でも行けるしね。今は、いろんな場所を見て回りたいな」
そう言いながら、まいは少し得意げな表情で付け加えた。
「だって、おやつあるしね」
微笑むまいの顔を見て、俺は思わず笑ってしまった。
「わかった。じゃあ戻ったら俺が荷物だけ預預けてくるからショップでも見てなよ。……おやつは置いていくから。でも全部食べないでね?」
そう言うと
「それはどうかなぁ~」
まいはいたずらっぽく笑って俺の方に体を寄り添って来た。
車は静かに最初の受付へと戻ってきた。
ドライバーさんが軽く振り返りながら、優しい口調で声をかけてくれる。
「また、ぜひいらしてください。季節が変わると、花の表情もまったく違って見えますよ。素敵な旅をお続けくださいね。」
「ありがとうございます。」
俺たちは自然と笑顔になり、深く頭を下げてお礼を伝えた。
そのまま受付のログハウスへと足を運ぶと、ドライバーさんも一緒に中に入っていった。
木の温もりを感じる室内では、受付の女性と何か話をしているようだったが、すぐにこちらに目を向け、笑顔で近づいてくる。
「これが、そのドラマのパンフレットです。よかったらどうぞ。」
手渡されたのは、丁寧に作られた一冊のパンフレット。
表紙には、美しく咲き誇る花々と、今見てきた家の写真が載っていた。
「本当にありがとうございます。ドラマ絶対に観ますね。」
まいが嬉しそうにそう言うと、ドライバーさんも満足そうに頷いた。
俺たちは再び深くお礼を伝えて、ログハウスをあとにした。
「ショップ、見てるね。気になったのであったら買ってもいい?」
まいが目を輝かせながら俺に問いかける。
「うん。じゃあ俺は先に車に戻って、荷物預けてくるよ。」
俺たちは自然と、それぞれの方向へと歩き出した。
澄んだ空気の中、まだ心に残る花の余韻が、そっと背中を押してくれているような気がした。




