246 【一生忘れないサプライズ】
まいと俺は、腕をしっかり絡めたまま、ゆっくりとその緑の道を歩いていた。
風が優しく吹き抜けるたびに、道沿いの草がさわさわと揺れ、まるで「ようこそ」と歓迎してくれているようだった。
まいの笑顔が、どんどん自然になっていくのが隣で歩いていても伝わってくる。
そんな彼女を見ながら歩いていると――ふと、視界の先に、色とりどりのアーチがふんわりと浮かび上がってきた。
「あれが……」
俺は歩みを少し緩め、まいの耳元で静かに囁いた。
「もう少しだよ。あのガーデンアーケードの先が、今日の目的地なんだ」
まいは足を止め、アーケードを見つめたまま、声を漏らした。
「謙……すごく綺麗……」
そこには、季節の花々が贅沢に咲き誇るアーケードが、まるで絵本の中の世界のように伸びていた。
まいは小さく息をのむように言った。
「お花が咲いてるアーケードなんて初めて見た。しかも、ひとつの種類じゃなくて、いろんな春の花たちが一緒に咲いてる……夢みたい」
アーケードには、エゾエンゴサクの淡い青や紫の花が、まるで春の風にそっと抱かれるように咲き誇っていた。
その合間からは、カタクリの可憐な薄紫の花が顔をのぞかせ、ところどころにはエゾヤマザクラの枝がアーチにかかるように伸び、ほのかに桃色の花びらを散らしていた。
まいの目は輝き、歩く足取りも自然と軽くなる。
その先に何が待っているのか――まいの胸の高鳴りが、見ているだけで伝わってくるようだった。
アーチ状に組まれたフレームには、彩り豊かな花々が絡み合い、風に揺れている。
花の隙間からは、陽の光が優しくこぼれ落ちて、道をきらきらと照らしていた。
まいは目を輝かせながら、まるで夢を見ているように呟いた。
「普通はバラだけってイメージだけど、ここは本当にいろんな色があって、遠くからでも分かるくらい綺麗……」
その声には、本当に感動しているのがわかるほどの純粋な喜びが滲んでいた。
まいの視線は、もうアーケードの先に向いていた。
その先に何があるのか――まるで子供のようにワクワクした表情を浮かべながら、そっと俺の腕を強く抱きしめた。
「まい、そこに立ってみて」
俺は足を止め、まいにそう声をかけた。
淡い春の光が差し込む中、まいがふわっと微笑みながら立ち止まる。
その姿を、どうしても写真に残しておきたかった。
こんなにも自然で、柔らかな表情を浮かべるまいを。
スマホを構えてシャッターを切る。
何枚か連続で撮ると、まいが今度はスマホを受け取ってニッコリと笑った。
「じゃあ、今度は謙ね」
そう言って、俺をカメラの前に立たせる。
けれど、まいの指示は意外と細かくて――
「もっと自然に笑って」
「ちょっと体かたいよ〜、肩の力抜いて!」
俺にはなかなか難しい注文だった。
戸惑いながらも応じる俺を見て、まいは本当に楽しそうに笑いながら、
「謙、今度ポーズの練習しようね」
なんて、まるでモデル仲間に言うみたいに言ってくる。
俺は思わず苦笑いしながら「わかったよ」と返した。
そしてふと気づいた。
俺は今まで誰かに写真を撮られることに慣れていなかったんだ。
撮ることばかりしてきて、自分が映る側になることの照れくささを、初めて感じていた。
そのことをまいに打ち明けると、まいは声を上げて、本気で笑ってくれた。
その笑顔が、春の花々に負けないくらい綺麗で――俺は自然と嬉しくなった。
この瞬間も、写真に残せたらいいのにな。
そう思いながら、俺はまいの笑顔を心に焼き付けた。
アーケードをゆっくりとくぐり抜けると、その先に広がる光景に――まいの瞳が一瞬で変わったのが、俺にもはっきりとわかった。
まるで物語の中に迷い込んだような静かな庭。
その中心にぽつんと建つ一軒の家が、どこか懐かしくも温かな空気を纏っている。
ウッドデッキが大きく広がり、まるで庭と家とを優しく繋ぐ橋のように見えた。
開かれたガラス戸の向こうには、白いレースのカーテンが春風に揺れている。
その揺らぎは、まるで誰かが「ようこそ」と迎えてくれているようにも思えた。
そして、そのウッドデッキから見渡す庭には、色とりどりの草花が風に揺れ、咲き誇る春の絨毯のように広がっているのが感じられた。
すぐに視界には入らないその花々の存在が、不思議と心に伝わってくる。
柔らかな春の風がふっと吹き抜け、まいの髪をふわりと舞い上げた。
その髪を指先で自然にかき上げるしぐさすら、どこか絵のように美しく見えた。
まいは立ち止まり、まっすぐ俺の方を振り返ると、瞳をきらきらと輝かせて言った。
「謙、ここ……最高……」
その一言には、彼女の心からの感動が詰まっていた。
言葉にしきれない思いがその表情にも溢れていて、俺はただその笑顔を見ていた。
まいがくれた、今日いちばんの笑顔だった。
まいと一緒に庭をゆっくりと歩いた。
風に揺れる草花のひとつひとつに、まいは目を輝かせながら立ち止まっては、嬉しそうに眺めていた。
「あ、この花……見たことない……すごく可愛い」
「こっちのは、色がすごく綺麗……」
まいのそんな声を聞きながら、俺はふと心の中で思った。
――やっぱり、女の子は花が好きなんだなぁ。
感性が繊細で、こういうものを素直に美しいと思えるまいが、改めて素敵に見えた。
そして、そんな彼女の姿を眺めているだけで、なんだかこっちまで幸せな気持ちになる。
「まい、家の中にも入ってみるか」
「うん!」
声を弾ませながら答えるまいは、もう夢中になっていて、まるで子供みたいに目を輝かせている。
その姿を見るのが、俺にとっては何より楽しくて、愛おしかった。
家の中に入ると、そこはシンプルな間取りで無駄な装飾はなかったけれど――
広いリビングの窓からは、さっき歩いたばかりの庭が一面に見渡せた。
柔らかな光が差し込む中に、ぽつんと置かれた一台のピアノ。
それが空間全体に穏やかさと優雅さを与えていて、思わず息を呑むほどの美しさだった。
「……すごいな」
自然とそんな言葉が漏れた。
男の俺でもそう感じるほど、そこには静かで優しい時間が流れていた。
まいの方をそっと見やると、彼女は大きな窓から外を見つめながら、どこか柔らかい表情を浮かべていた。
いつもの明るい笑顔とは少し違って、心から安らいでいるような、優しさに包まれた穏やかな笑顔だった。
この場所を選んで本当に良かった――
その笑顔を見た瞬間、心の底からそう思った。
「まい、ここ……どう? 気に入った?」
そう尋ねると、まいは言葉を発さず、静かに頷いた。
それだけだったけれど、彼女の瞳はしっかりと俺を見つめ、優しく微笑んでいた。
――あの表情は、きっと一生忘れない。
そして、俺は思った。
この先も、まいにはずっとそんな笑顔でいてほしい。
その笑顔を守っていけるような、そんな存在でいたいと、心から思った。
【風のガーデン】をゆっくりと一通り見てまわり、柔らかな風に吹かれながら二人で静かに歩いた。
咲き誇る花々の彩りと、遠くまで続く広い空。
まるで夢の中にいるような時間だった。
俺はそっとまいに声をかける。
「まい、そろそろ戻ろうか?」
まいは立ち止まり、名残惜しそうに庭を見渡してから小さく頷いた。
「……まだ戻りたくないけど、時間だもんね。
でも……また違う季節にも来られたらいいなぁ。
ここ、本当に私の理想のお家……」
その言葉に、俺の胸の奥がじんわりと温かくなった。
「良かったよ。まいが喜んでくれて」
まいはふっと微笑みながら、俺の顔を見つめる。
「うん。本当に、ここに来られて良かった。
もし、この場所を知らないまま人生が終わってたら――きっと後悔してた。
ありがとう、謙」
そう言ったまいの顔には、どこか安らぎと感謝が滲んでいた。
その瞳はキラキラと光を含んでいて、まるで花のように優しく咲いていた。
そして、まいは少しイタズラっぽく微笑んで言った。
「珍しく、謙のサプライズ、成功したね」
「……珍しくは余計じゃん」
そう返すと、二人で顔を見合わせて笑い合った。
その笑顔のまま、まいはそっと俺の肩に体を寄せた。
「ねぇ、謙……本当に幸せだよ、私」
その言葉はとても静かで、けれど深くて真っ直ぐだった。
まいが心から今を大切に思ってくれているのが、痛いほど伝わってくる。
俺は黙って、彼女をそっと抱きしめた。
そして、その額に軽くキスを落とす。
まいは驚いたように目をして、ふわりと顔を赤らめて――
恥ずかしそうに、でも嬉しそうに微笑んだ。




