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244 【のんびりドライブ、まいの隣で】


高速道路を走り始めてしばらくした頃、最初のパーキングエリアに立ち寄ることになった。

俺は運転中だったので、隣に座るまいにスマホを手渡し、市川さんにLINEを送ってもらうことにした。


「次のパーキングでトイレ休憩しようと思います」と、シンプルな一文を送ってもらうと、ほどなくして市川さんから返信が届いた。


『わかりました。自分たちは車にいますので、ゆっくりして下さいね』


優しさのにじむ言葉に、まいは画面を見つめたままぽつりと呟いた。


「なんか不思議だね。前に警察署に行ったときに会った刑事さんたちは、どこか話しづらい雰囲気があって、正直ちょっと緊張しちゃったんだけど……。今一緒にいる市川さんたちは、同じ刑事さんなのに全然違う。すごく話しやすくて、優しいなって思う」


その言葉には素直に少し安心したような響きがあった。


「やっぱり、純一の友達だから……そういうところがあるのかもなぁ」


俺がそう返すと、まいは小さく頷いた。


「うん……なんか、安心できる人たちでよかった」


そう言ってほっとしたように微笑むまいの横顔を、俺はそっと見つめた。


パーキングエリアに入り、車を停めると、俺たちはゆっくりと車外に出た。

少し肌に感じる風が心地よく、旅の合間の小さな休憩にちょうど良い時間だった。


まいは周囲を見渡してから、ふっと笑って言った。


「さすがに後ろに市川さんたちがいると、いつものポジションにはつけないね」


“いつものポジション”というのは、運転席から降りた俺の腕に自然と絡んでくる、まいのお決まりの立ち位置のことだ。


「確かになぁ。ここでイチャイチャしてるの見られたら、純一に報告されて、あとでからかわれそうだし……」


俺も少し照れながら、笑って返した。


2人で並んでショップの中へと歩いていくと、店内にはご当地のお菓子や土産物がズラリと並んでいた。

観光地らしいカラフルなパッケージに囲まれながら、俺はまいに声をかけた。


「まい、何か欲しいのある?」


「うーん……あんまりピンとこないなぁ」


「だよな。おやつはさっきいっぱい買ったしな」


「そうそう。お菓子はもう十分かも」


それじゃあ、と俺がふと思いついて言った。


「フードコートとか、ちょっと気になるものあるかな? 行ってみる?」


「うん、行ってみよっか」


2人でフードコートの方へ足を運ぶと、ちょうどいい香りが鼻をくすぐってきた。焼きとうもろこしを売る屋台が目に入る。


「とうもろこしあるよ。買う?」と俺が聞くと、まいは首を横に振って笑った。


「ううん、昨日の“のんちゃん”のとうもろこしがあまりに美味しかったから、今はちょっと他のは食べたいと思わないなぁ」


「なんかわかる。それくらい、別格だったよな、あれ」


そんな会話を交わしながら、軽くフードコートを一巡したところで、俺が提案する。


「とりあえず、トイレ行って出発しようか?」


「うん、それがいいかもね」


俺たちは自然と足を止め、お互いにトイレへ向かう方向を確認し合った。


「じゃあ、俺は車で待ってるよ」


「うん、すぐ戻るね」


そう言い合って、それぞれの方向へと歩き出した。短い休憩だったが、気持ちはまた少しリフレッシュされたようだった。




俺とまいは車に戻り、シートベルトを締めながらルームミラー越しに後方を確認すると、飯塚さんと市川さんの車もすぐに発進できる体勢に入っていた。俺は軽く手を上げて合図を送り、そのまま静かに車を走らせる。


エンジン音が静かに響く中、助手席のまいが外の風景を眺めながらふとこちらに目を向けた。


「まい、このまま富良野まで一気に行っちゃおうか?」


そう声をかけると、まいは少し考えるように首を傾けてから答えた。


「うん、いいよ。」


「高速降りたあと、どこかで交代してもいいし、目的地についてからでもいいし、どうする?。」


まいは考えながら


「今日はなんだか、謙の運転でのんびり景色を見ていたい気分なんだぁ……」


「そうか、それならこのまま俺が運転続けるよ。運転したくなったら遠慮なく言ってくれていいからね」


そう返すと、まいはふわっと微笑んで「ありがと」と小さくつぶやいた。


俺もつられて笑みをこぼす。アクセルを少し踏み込んで速度を上げたい衝動に駆られたが、すぐ後ろにはあの“優しすぎる”刑事コンビが控えている。


本当は、心地よい風に背中を押されて北海道の広い道をもっと大胆に走りたいところだが――。


「さすがに今日はスピードは控えめで行くしかないな…」と、内心で苦笑いしながら、慎重にアクセルを踏み込んだ。




車内には静かな音楽とタイヤの心地よい振動が広がっていた。

その静けさを破るように、謙がふと口を開いた。


「まい?こうして、景色を眺めながらゆっくり話すのって、いいもんだなぁ。」


まいは、助手席で窓の外に目を向けながら小さく頷いた。


「うん。いつも話してるはずなのに…なんか、全然違うね。不思議。」


謙は小さく笑いながら、言葉を続けた。


「きっと、それはまいが変わったからだと思う。」


その言葉にまいは一瞬きょとんとした顔をして、少しだけ首を傾けた。


「……じゃあさ、前の私は、嫌いだった?」


謙は前を見つめながら、穏やかに首を振った。


「そんなことないよ。昨日までのまいも大好きだった。でも…今日のまいは、もっと自然で、肩の力が抜けてるっていうか。

うまく言えないけど、無理をしてない素直な“まい”って感じがするんだ。そんなまいも、とても素敵だよ。」


その言葉にまいは照れたように笑い、頬がじわりと熱くなるのを感じた。


「謙……そんなこと言われたら、嬉しいけど……ちょっと、恥ずかしいよぉ。」


まいの頬がほんのりと赤く染まり、それを自分でもはっきりと感じていた。


「でもね……素直になるって、簡単そうで、すごく難しいことなんだって、やっと気づいたよ。」


謙はハンドルを握る手に少し力を込めながら、優しい声で返した。


「そうだよなぁ。まいは今まで、いろんなことを乗り越えてきたもんな……

でも、本当によく頑張ったよ。」


その言葉に、まいは思わず目を潤ませた。


「謙……そんなこと言わないで。泣いちゃうじゃん……ダメだよ……」


謙は小さく息をついて、そっと言葉を添えた。


「……ごめん。でもこれが、俺の素直な気持ちなんだ。」


車の窓の外には、静かに広がる北海道の大地。

2人の間に流れる空気は、これまで以上に優しく、温かかった。

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