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240 【新たな大通り公園の思い出】


コーヒーを一口飲んだタイミングで、スマホの画面に通知が届いた。

画面を確認すると、市川さんからのLINEだった。



「おはようございます。市川です。

今日は何時ごろ出発されますか?


時間を教えていただければ、それまでにはホテルの前で待機しておきます。

お二人のペースでゆっくりで構いませんので、無理なさらずに。


ご連絡、お待ちしています。」



丁寧で優しい口調のメッセージに、思わず苦笑がこぼれる。

スマホの画面をそのまままいに見せると、彼女もそっと眉を寄せた。


「……なんかさ、みんなに迷惑かけてるみたいだね」

まいはコーヒーカップを両手で包みながら、小さく呟いた。


「ただの旅行なのに……こんなに気を遣わせて。申し訳ない感じするね」


俺も頷く。


「本当にな。もともとは、ふたりで気ままに楽しもうって話だったのになぁ……」


でも、と俺は続けた。


「でも……純一が気を回してくれてるんだよ。

俺たちを守るために、あいつなりに考えてくれてる。感謝しないとな」


「……うん、そうだね」


まいは少し表情を緩めて、うなずいた。

その目は、少しだけ申し訳なさと、でもちゃんと伝わる感謝の気持ちがにじんでいた。


「そうだ!」と、まいがふいに思い出したように声を上げる。


「お土産、純一さんのまだ何も買ってないよ!どうしよう?」


その言葉に、俺もはっとする。


「ほんとだ!俺も北一ガラスで土産、何か買おうと思ってたのに……すっかり忘れてた。俺の風鈴も……」


「風鈴も?」とまいが目を丸くする。


「あの透明な音、好きなんだ。静かな時間にふいに鳴ると、心がすっと軽くなる感じがして……なんとなく、まいとの旅の音として残しておきたいなって…でもあの時バタバタしてて……今思い出した。」


言葉を交わすうちに、ふたりの目が自然と合った。

そして、なんとも言えないタイミングで、ふっと笑いがこぼれた。


「なんだか、抜けてるよね、私たち」

「だな。でも、そこも俺たちらしいかもな」


静かで穏やかな朝のひとときに、ふたりの笑い声がふわりと溶けていった。


「まい、11時でいいか?」


俺が時計をちらりと見ながら聞くと、まいはコーヒーカップを置いて、小さく頷いた。


「うん。その時間なら準備は大丈夫だよ」


「謙、お土産は……千歳空港で調達すればいいかなぁ」

少し申し訳なさそうに言うまいに、俺は苦笑しながらうなずく。


「それが一番間違いないかもな。空港なら種類も豊富だし、時間も気にしなくて済むしなぁ」


「だよねぇ」とまいも少し安心したように微笑んだ。


「じゃあ、市川さんにLINEしとくよ」


「うん、大丈夫だよ。よろしく伝えてね」


俺はスマホを取り出し、さっきの市川さんからのメッセージに返信する。


『11時ごろ出発します。それまでゆっくりしてますので、よろしくお願いします』

短く、けれど丁寧に打ち込んで送信ボタンを押した。


画面を閉じて、ふぅと一息。まだ時間は9時半を少し回ったところだ。

チェックアウトまでは余裕がある。


「まい、まだ時間あるし……ちょっと外、散歩でもしない?」


そう声をかけると、まいは窓の外を一瞬眺めたあと、優しく笑ってうなずいた。


「うん、行こっか。なんか、歩きたい気分だったんだ」


そんな彼女の返事が、妙に嬉しくて。

俺たちはゆっくりと席を立ち、朝の札幌の空気を感じるために、外へ出る準備を始めた



ホテルのロビーを出ると、すぐ目の前に大通公園が広がっていた。

朝の光に包まれた札幌の街は、静かで穏やかで――まるで昨日までの出来事をすべて受け止め、癒してくれているかのようだった。


2人で並んで横断歩道を渡る。

渡りきったところで立ち止まり、左右に広がる公園をゆっくりと眺めた。


澄んだ空に向かって伸びるテレビ塔が、朝の陽ざしを受けてどこか誇らしげに佇んでいる。


「まい、確か前に来た時は……雪まつりの時だったよな?」


俺がそう言うと、まいはくすりと笑いながら頷いた。


「うん。謙が転んだ思い出の場所、ね」


「……でも、俺は覚えてないからセーフだろ?」


「そうだね。今日、新しい思い出を作る日だもん。

だから――また転ばないでね?」


いたずらっぽく笑うまいに、俺は肩をすくめて答えた。


「そこまでドジじゃないってば」


そう返すと、まいは俺の顔を見て、優しく微笑んだ。

その笑顔に、癒される。


2人でゆっくりと公園を歩きながら、俺は深く息を吸い込んだ。

冷たすぎず、どこか柔らかい風が、頬を優しくなでていく。


そんな時だった。

まいがふいに足を止めて、俺の横顔を見つめながら言った。


「謙……なんか、昨日の一件があってから、私、少し変わった気がするんだ」


「変わった? 何が?」


まいは少し首をかしげながらも、言葉を選びながら続けた。


「なんかね……今すごく、安心してるの。

心が穏やかっていうか……謙と、素直に気持ちを話せてるって感じがするの」


俺はその言葉に小さく頷いた。

たしかに――昨夜、2人で飲みに行ったときから、どこかまいの雰囲気が違っていた。


「うん……俺もなんとなく感じてたよ。まいの話し方、柔らかくて優しいなって。

昨日はいろいろあったから、その影響かなって思ってたけど……

朝、目が覚めたときも、いつもと違ってた。

なんだろうな、今まで無理して明るくしてたんじゃないかって、ちょっと感じたんだ」


俺の言葉に、ふっと表情を緩めた。


「やっぱり……謙はちゃんと見てくれてたんだね」


まいの顔には、嬉しさがにじんでいた。

その顔があまりにも素直な感じで、俺はつい心のままを口にした。


「……まい、素敵だよ。今のまい、すごくいい」


「謙、恥ずかしいよぉ……」


そう言いながら、まいは照れくさそうに俺の腕にぎゅっとしがみついてきた。

そのぬくもりが、まるで今の2人の距離そのものみたいで、俺の胸の奥に静かに沁みてくる。


「昨日、ちゃんと話ができて……なんだかスッキリしたの。

今まで心配だったことが、ふっと消えたっていうか。

心の中が、ちゃんと整理された気がするんだ」


まいの声は、どこまでも優しく、そしてまっすぐだった。


大通り公園に新しい思い出が2人の記憶の中にしっかりと刻まれた瞬間だった……


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