232 【静寂の中で忍び寄る影】
途中、まいとまた運転を交代して
1時間ほどがたった。
まいと他愛もない話をしながら車を走っていた。
函館から札幌へ向かう道は驚くほど順調で、時折見える雄大な景色に、まいと二人で感嘆の声を漏らす。
「いやぁ、北海道ってほんと広いよねぇ。道がまっすぐすぎて、運転してるとちょっと不思議な気分になる」
まいがハンドルを握りながら、フロントガラス越しに遠くの山々を眺める。
「確かにな。どこまでも続く道って感じがするよな。都内じゃ考えられないくらい快適なドライブだ」
「ね! 信号も少ないし、のんびり走れるのがいいよねぇ」
まいが満足そうに笑う。
「でもさ、そろそろ次の目的地、近づいてきたんじゃない?」
俺がスマホの地図をちらっと確認すると、次の目的地「道の駅 ニセコビュープラザ」まではもうすぐだった。
「うん、あともう少しで着きそうだね」
「とりあえず寄ってみるか? せっかくだし」
「もちろん! こういう道の駅って、その土地ならではの特産品とか売ってて楽しいんだよね」
「また何か、美味いものに出会えるかもしれないな」
「あと、新しい出会いもあるかもよ?」
まいがちらりと俺の方を見て、にやっと笑う。その言葉に、俺はふとさっきの牧場での出来事を思い出した。
「そういや、のんちゃん、可愛かったなぁ」
「ねぇ〜! あの素直で可愛い感じ、ほんと癒されたよね」
まいはハンドルを握りながら、どこか懐かしそうに目を細める。
「次に行ったときは、きっと大きくなってるんだろうなぁ」
「そうだなぁ。またいつか、あの牧場にも行ってみたいな」
「うん、のんちゃんやママさん、元気でいるかなぁって思いながらさ……また行ったら、とうもろこし焼いてくれるかな?」
「きっと焼いてくれるさ。そういうのが旅の楽しみでもあるしな」
「うんうん! なんか今回の旅行、出会う人みんなあったかくてさ、すごくいい旅してる気がする!」
まいは運転しながらも、嬉しそうな表情を浮かべていた。
「確かに。なんだかんだで、いい人ばかりだよな」
「これからも、もっといろんな人と出会えそうな気がする」
まいの言葉に、俺はふっと笑いながら頷く。
旅はまだ続く——
次の目的地、「道の駅 ニセコビュープラザ」到着予定時刻は午後1時30分
予定通り、順調な旅の道のりだ。
「まぁ、とりあえずトイレ休憩って感じでいいかね?」
まいが車を停めながら言う。
「そうだな。ちょうどいいタイミングだし」
車を降りてあたりを見回すと、道の駅は思っていたよりも洗練された雰囲気だった。
「ここ、なんか小洒落てる感じだねぇ」
「確かにな。冬はスキー場が近いし、観光客向けにおしゃれな造りになってるんだろうな」
「なんか若者向けって感じしない?」
まいが建物のガラス張りのデザインや、おしゃれな看板を見ながら言う。確かに、山の中にひっそりとあるような道の駅とは違い、どこか都会的な雰囲気が漂っている。
そんなことを話しながら中へ入ると、広々とした店内には地元の特産品がずらりと並んでいた。
「おぉ〜、地元の食材がいっぱいだ」
「うん。でも、ここではあまり買うものなさそうだね」
まいが棚を見回しながら言う。確かに、さっきの牧場でとうもろこしや牛乳を堪能したばかりだし、特に食べたいものがあるわけでもない。
「そうだな。お土産を買うなら、もうちょっと先でもよさそうだ」
「フードコート、見てみる?」
「せっかくだし、行ってみるか」
フードコートへ向かうと、ちょうどお昼時ということもあって賑わっていた。家族連れや観光客らしき人たちが列を作っていて、活気に満ちている。
「結構混んでるなぁ」
「やっぱりお昼時だからかもねぇ」
「あれ? まい、お腹すいた?」
「全然すいてない。朝から食べてばっかりだもん」
まいが苦笑いしながらお腹をさすって見せる。
「確かにな。とうもろこしも食べたばっかりだしな」
「うん。だから、トイレ行ったらすぐ出発しよ!」
「了解」
2人でトイレを済ませ、駐車場へ戻る。
「まい、運転する?」
俺が聞くと、まいは少し考えたあと、ゆっくりと首を横に振った。
「謙に任せる。ゆっくり景色見たいかなぁ」
「わかったよ。じゃあ、俺が運転する」
俺は運転席に乗り込みながら、ちらりとまいの方を見た。
「時間が思ったより順調だから、小樽に寄っていこうと思う。見たいものがあるんだ」
「えっ? 何、何? 小樽で見たいものって?」
まいが興味津々で顔を覗き込んでくる。
「……内緒」
俺がニヤッと笑うと、まいはちょっとムッとした顔をして頬をふくらませた。
「もう〜! 気になるんだけど!」
「ふふっ、着いてからのお楽しみだよ」
「むぅ……まぁいいや。楽しみにしとく!」
そう言いながら、まいは窓の外に目を向けた。北海道の広大な景色が広がる中、次なる目的地、小樽へ——。
しばらく、俺たちは無言だった。
まいは助手席で、流れる景色をぼんやりと眺めている。窓の外には雄大な北海道の自然が広がり、緑の草原がどこまでも続いていた。遠くに山々の稜線が見え、空にはいくつかの雲がゆっくりと流れている。
俺もそれを横目で見ながら、淡々とハンドルを握っていた。特に話すことがないわけではない。ただ、この静かな時間が心地よく、無理に会話をする必要もない気がした。
信号のないまっすぐな道を進む。路面は綺麗に舗装され、車の振動もほとんど感じない。こんなに運転が楽しいと思える道はなかなかない。
ふと、バックミラーを見た。
——プリウス。
一定の距離を保ちながら、俺たちの後ろを走っている。一度ミラーから目を離し、何気なく前方に視線を戻したが、なんとなく気になってもう一度ミラーを覗く。
「……ずっと後ろにいるな」
何台かの車が前後を入れ替わっているのに、そのプリウスだけは変わらず俺たちの後ろを走り続けている。
偶然かもしれない。単なる同じ方向へのドライブかもしれない。
けれど、俺の胸の奥には微かな違和感が広がり始めていた。
このパターン——どこかで経験したことがある。
「……御殿場の時と、同じか?」
あの時も、気づいたら一台の車がずっと俺たちの後をついてきていた。あの時は結果何でもなかったが、夜に起きた時にワーゲンが通り過ぎた……
今回も何かあるのか……
だがプリウスはワーゲン以上に多い車だ。
思い過ごしならいいんだけど
ミラーを見ながら、慎重に車線を変更してみる。
——プリウスも同じように車線を変更した。
偶然か? それとも——。
俺は無意識のうちにハンドルを強く握る。
まいには言わないほうがいい。
せっかくの旅行だ。余計な心配をかける必要はない。
それに、まだ決定的な証拠があるわけじゃない。ただの思い過ごしかもしれない。でも、万が一のことを考えて——意識だけはしておこう。
風景は穏やかだが、俺の胸の奥には、じわじわと緊張感が広がり始めていた。
道中、特に問題は起こらず、俺たちは無事に小樽の街へ辿り着いた。
観光地らしく、多くの人で賑わっている。通りには観光客が行き交い、土産物屋や飲食店が並ぶ風景は活気にあふれていた。
「謙、着いたねぇ〜!」
まいが嬉しそうに言う。
「ああ、なんとか、な」
「疲れたぁ?」
「全然大丈夫だよ。問題ない」
俺は軽く笑って答えたが、頭の中は別のことでいっぱいだった。
バックミラーをちらりと確認する。
——やはり、あのプリウスがまだついてきている。
偶然かもしれない。けれど、ここまでくると、さすがにただの偶然とは思えなかった。
俺は慎重に考えながら、なるべく人の多い場所へと車を進めた。ここで下手に人気のない駐車場に入るのは避けたかった。できるだけ賑わっている場所——そう思いながらナビの指示通りに進み、商店街の中心部にある大きな駐車場を見つけた。
「ここに停めるか」
ハンドルを切り、慎重に車を停める。
まいはそんな俺の様子など気にも留めず、のんびりとシートベルトを外している。
「ふぅ〜、やっと到着!」
何も知らず、いつも通りのまい。
それでいい。何も気づかないままでいい。
俺はそう思いながら、再びバックミラーを確認する。
プリウスも、同じ駐車場へと入ってきた。
俺の中で、わずかに緊張が走った。
男2人、しっかり顔は覚えた……




