228 【それぞれの声にそれぞれが浮かぶ笑み】
橘たちは、今日は資料の整理に追われていた。
丸山や湯川の動きは、今のところ目立ったものはないと感じている。こうした時こそ、情報を整理し、次の動きに備えておく必要があった。
そんな中、橘の携帯が振動した。着信の知らせだ。
画面に表示された名前を見て、橘の表情が少し和らぐ。迷うことなく通話ボタンを押した。
「お疲れ、橘」
「おお、飯塚、お疲れ」
電話の向こうから聞こえてくるのは、気心の知れた友人の声だった。
「今のところ、問題はないな。だから安心しろ」
「悪いな、忙しいのに。とりあえず、あともう少しだけど、頼むよ」
「大丈夫だ。俺のことを信用しろ」
頼もしい言葉に、橘はふっと笑みをこぼす。
「わかった。わざわざ報告、悪かったな」
「気にするな。また連絡するよ」
「おう、ありがとう」
そう言って、電話は切れた。
その様子を見ていた篤志が、橘の顔を覗き込むようにして言った。
「橘さん、なんかいいことありました? 顔に出てますよ」
橘は思わず笑いながら、ぼそりと呟く。
「やっぱり、友達はいいもんだな」
意外な言葉に、篤志は「はぁ?」と眉をひそめ、それから思わず笑ってしまった。
ほくほくのひとくち、意地悪なひと言
まいが塩をかけ終え、満足そうに戻ってくると、まるで宝物を見つけた子供のような笑顔でジャガイモのフライを頬張った。
「ん〜!やっぱりこれ、めちゃくちゃ美味しい!」
目を輝かせながら、今度は俺の方にパックを差し出してくる。
「謙、絶対食べた方がいいよ! ジャガイモの味が全然違うんだから! もう、保証する!」
さっきまで「じゃがバターがない」としょんぼりしていたのが嘘みたいな変わり様に、思わず吹き出してしまう。
「まいはほんと面白いな〜」
「なんで!?」
ぷくっと頬を膨らませながら、不満そうに俺を見上げるまい。でも、すぐにまた機嫌を直し、「でもいいから食べてみなよ!」とパックをぐいっと押し付けてくる。
「わかったよ」
仕方なく、まいが割ったジャガイモのフライをひとつ口に運ぶ。
表面はカリッとしていて、中はほくほく。確かに美味い。ジャガイモの甘みがしっかり感じられて、シンプルな塩味が素材の良さを引き立てている。
「どう? どう?」
まいが期待に満ちた顔で身を乗り出してくる。
その様子があまりに楽しそうだったので、つい意地悪したくなり、わざと真顔で答えた。
「……イモだな」
一瞬、まいの動きが止まる。
「……は?」
その後、頬をふくらませてムッとしながら俺をにらんだ。
「も〜! せっかく美味しいのに、そういうこと言う〜!? ちゃんと感想言ってよぉ!」
ふくれっ面のまいを見て、俺はまた吹き出してしまった。
「まい、ちょっと見てきてもいいかな?」
ジャガイモのフライを楽しそうに食べていたまいが、口元を拭きながら俺を見上げる。
「何を見るの?」
「カー用品、あるかなぁと思って」
「カー用品? 何に使うの?」
「ちょっとね」
はぐらかすように言うと、まいは首をかしげながらも、それ以上は追及せずに「すぐ戻ってくるから、そこで食べてなよ」と言うと、まいは素直に頷いた。
「うん、わかった」
そう言って、俺はフードコートを後にし、店内へと向かった。
正直、ここに大したカー用品が置いてあるとは思えない。でも、今はどうしても欲しかった。運転するたびに気になっていたから、少しでも改善できるなら、それだけでいい。
店内を歩いていると、小さなコーナーにカー用品が並んでいるのを見つけた。やはり品揃えは限られていたが、探していたものはちゃんとあった。
小さな鏡——助手席の前につける、簡易的なバックミラー代わりの鏡だ。
大げさなものではないけれど、これで十分。これがあれば助手席にいても後ろを確認できるし
怪しい車もチェック出来る。
「これでいいな」
商品を手に取り、レジへ向かった。支払いを済ませると、少し急ぎ足でまいの元へ戻る。
この小さな鏡を見せたら、まいはどんな顔をするだろう。ちょっとした用心だけど、理由は言わないでおこう。




