227 【まいのために選んだ一品)
まいはフードコートを歩き回りながら、目をキラキラさせて目当てのものを探していた。しかし、いくら探しても目的の“とうもろこし”と“じゃがバター”の姿は見当たらない。
「謙、ないよぉ〜……」
まいは肩を落とし、今にも泣きそうな顔をして俺のほうを見上げた。
「そんなに悲しい顔するなよ」
「だって楽しみにしてたんだもん……」
唇を尖らせて拗ねるまい。まるで子供みたいだ。
「でもさ、他にもいろいろ美味しそうなのあるじゃん。もうちょっとよく見てみなよ」
「だって無いんだもん……」
まいはますます不満げな表情を浮かべ、ふくれっ面のまま足を止めてしまった。よほど楽しみにしていたんだろう。そんな姿を見て、俺は小さくため息をついた。
「わかったよ。俺が何かチョイスしてくるから、ちょっと待ってろ」
「……うん」
まいは渋々と近くのベンチに腰を下ろし、足をぶらぶらさせながら待つことにした。その様子を見ながら、俺は心の中で苦笑いする。
(まいって、こういう時本当に子供みたいに落ち込むんだよな……まあ、それも可愛いからいいけど)
フードコートを見渡しながら、何かまいを喜ばせられるものはないかと探してみる。すると、ある屋台のメニューが目に留まった。
「お、これいいかも」
そこに並んでいたのは、まん丸のジャガイモを丸ごと素揚げにした“ホクホクフライポテト”。ポテトフライはよくあるけど、ジャガイモそのまんまのフライは珍しい。
(これは面白いな……揚げたてならきっと美味いだろうし、まいも気に入るかもな)
俺はカウンターに向かい、店員さんに声をかけた。
「すみません、これください」
「はい、いくつにしますか?」
「2つお願いします」
「かしこまりました。今、揚げたてをお出ししますので、少々お待ちくださいね」
店員さんはにこやかに答えると、奥でカラッと音を立てながら揚がるジャガイモを確認していた。
(じゃがバターではないけど、これはこれでアリだよな。ホクホクで美味そうだし、バターもつけられるし……まいも納得してくれるはず)
そんなことを考えていると、店員さんが揚げたてのポテトをパックに詰めて差し出してくれた。
「お待たせしました。こちら2つですね。お好みでバターやマヨネーズ、ソースをどうぞ」
「ありがとうございます」
俺はパックの中にバターとマヨネーズを入れ、別の小さなパックにソースを注いだ。これならまいも好きな味で食べられるだろう。
(さて、まいは喜んでくれるかな……)
俺はポテトを持ってまいの待つベンチへと歩き出した。まいの反応がちょっと楽しみだった。
ポテトを手に持ち、まいの待つベンチへ向かおうとしたその時だった。
——なんとなく、誰かに見られている気がする。
背中のあたりに微かな視線の圧を感じ、足がふと止まった。周囲をさりげなく見渡してみるが、俺をじっと見ているような人物は見当たらない。買い物をする観光客や、家族連れ、休憩中のドライバーたちが行き交うだけ。
(……気のせいか?)
そう思い直し、再び歩き出した。しかし、数歩進んだところでまた、何かが引っかかるような感覚が背筋に感じた。
再び振り返る。
やはり、特に怪しい人影は見当たらない。
(……疲れてんのかな)
軽く首を振り、気持ちを切り替えた。
「そうだ、カー用品とか少しは置いてあるかな」
ふと別のことを考えながら、まいの不機嫌な顔を思い出した。
(まずはこれをまいに渡して、そのあと少し店内を探してみよう)
そう決めて足早にベンチへと向かうと、まいは案の定、まだ少し拗ねたような表情で待っていた。
「まい、お待たせ!」
俺はポテトのパックを差し出し、少し誇らしげに言った。
「美味そうなの買ってきたよ」
まいは腕を組んでいたが、俺が持ってきたものを見た途端、あからさまに不満そうな顔をした。
「……これは揚げてあるから、違うもん」
「わかったから、とりあえず食べてみなって! 揚げたてだから絶対美味いぞ」
「だってポテトフライじゃん」
まいはまだ納得がいかない様子で、唇を尖らせている。
「でも、考えてみろよ。丸ごとだから表面はカリッとしてるけど、中はホクホクで蒸したのとそんなに変わんないだろ? ほら、一口食べてみ」
渋々とした様子で、まいはパックを受け取り、箸を伸ばした。まん丸のジャガイモをそっとつまみ、二つに割ると、中から湯気がふわっと立ち上る。
その瞬間、まいの表情がぱっと明るくなった。
「謙、これにバター乗せたら……じゃがバターと変わんないかも!」
俺は得意げに笑う。
「だろ?」
まいはさっそくバターを乗せ、熱々のうちに一口かじった。
その途端——まいの顔がほころび、瞳がキラキラと輝き出す。
「……美味しい!」
口の中でホクホクとほどける食感がよほど気に入ったのか、まいはもう一口頬張った。そして、何かを思い出したように立ち上がる。
「謙、ちょっと待ってて! お塩もらってくるね!」
そう言うと、バッグを肩に掛けたまま、まいは軽やかに店のカウンターへ向かって駆け出していった。
その後ろ姿を見送りながら、俺は思う。
(やっぱり、まいは単純だよな……でも、そんなところが可愛いんだよな)
——だが、その時だった。
まいが店に向かうのを見送りながら、ふと背後に再び微かな視線の気配を感じた。
ほんの一瞬、冷たい感覚が背筋を駆け抜ける。
ゆっくりと振り返る。
……やはり、それらしい人物はいない。
人々のざわめきの中に紛れる、無数の視線。だが、そのどこかに確かに俺たちを見つめている目がある——そんな気がした。




