224 【旅は中盤、油断は禁物】
ハンドルを握りながら、ヤリスの軽快な走りに改めて感心する。
「この車、結構運転しやすいな」
ふと、助手席のまいをちらりと見ると、彼女も窓の外の景色を眺めながらリラックスした様子だった。
「まい、後で運転してみるか?」
「うん、じゃあ函館空港から運転してみようかなぁ」
まいは嬉しそうに笑いながら答える。
ナビを確認すると、函館空港まではあと15分ほど。もうすぐスタンプラリー最後の目的地に到着する。
「これでスタンプ達成だな」
「うん、やったね!でもこんなにスタンプに気合い入るとは思わなかったなぁ」
「確かに!でも、まいの昨日の“コナンの話を聞いたら、なんか俺もしたくなったんだよな。それに……まいに喜んでもらいたいって思ったのもあるしな」
素直な気持ちを口にすると、まいは少し驚いたように俺を見つめ、それからふっと優しく微笑んだ。
「ふふ、謙、ありがと。でもさぁ……」
彼女は少し悪戯っぽく笑いながら、俺の肩を軽く叩いた。
「謙、階段から落ちるから〜!あれさえなければ、120点だったんだけどなぁ〜」
まいが楽しそうに笑う姿を見て、俺もつられて苦笑した。しかし、その言葉を聞いた瞬間、頭の片隅に違和感がよぎる。
そうだ。忘れちゃいけない。
昨日のあの出来事——階段から落ちた時、誰かに押され様に感じたこと。そして、今朝の朝食会場で窓際にいた二人のこと。
まいには気づかせたくないが、俺はまだ完全に気を抜くわけにはいかない。
「そっちも意識していかなきゃな……」
心の中でそう呟きながら、俺はアクセルを軽く踏み込んだ。
楽しい旅の裏で、確実に何かが動いている様な気がした。
レンタカーを駐車場に停め、まいと並んで函館空港の中へと足を踏み入れる。
吹き抜けの開放感あるロビーに入ると、目の前に大々的に設置されたスタンプスポットが目に飛び込んできた。
「えっ⁈ こんなに目立つところにあったの⁈」
まいと顔を見合わせ、思わず声を揃えて驚く。
「謙、なんで気がつかなかったのぉ〜! こんなにわかりやすい場所にあるのに!」
「いや、だってさ、その時コナンのことなんて頭になかったし……」
「でもここ、2人で一緒に歩いたよね⁈ ほら、あの時!」
「まいこそ、なんで素通りしたんだよぉ〜」
「し、知らないもん!」
「なんだそれ⁉︎」
お互いに言い合いながらも、どちらともなく吹き出し、楽しそうに笑い合う。
ふと、まいが小さな声で呟いた。
「きっと……この旅行がどうなるんだろうって考えてて、北海道に着いたばかりだったから、周りがちゃんと見えてなかったのかもね」
「そうかもなぁ。着いただけで興奮してたし、夢中だったよな」
「うん。でも、こうやって最後にちゃんとスタンプ押せたの、なんか嬉しいね」
「だな。よし、これで——」
まいと顔を見合わせながら、最後のスタンプをしっかりと押す。
——任務完了。
「やったね!」
まいが無邪気に笑う。その笑顔を見て、俺も心から達成感を噛み締める。
ひとつのイベントが無事に終わった。
けれど、旅はまだ続く。
これから向かう札幌では、どんな景色が待っているのだろう——。
札幌へのロングドライブ、まいのハンドルで出発!
「まい、何か飲み物でも買うかぁ?」
函館空港の売店を見ながら俺がそう尋ねると、まいは首を横に振った。
「大丈夫だよ。それより、途中の道の駅みたいなところで買いたいから」
「そっか。じゃあ俺は自分の水だけ買っとくな」
売店で水を一本手に取り、レジを済ませる。まいは特に何も買わず、2人で駐車場へと向かった。
「じゃあ次は、いよいよ札幌へ向けて出発だな」
そう言いながら車に乗り込もうとした瞬間、まいがにやりと笑って言った。
「今日は私が運転するからね!」
「おぉ! ついにまいのドライブタイムか!」
俺は助手席に回り、シートに身を預けた。運転席に座ったまいはシートの位置を調整し、しっかりとハンドルを握る。
「よし、準備完了!」
俺はスマホを取り出し、ナビをセットする。目的地は札幌駅。ただ、頭の中では小樽経由のルートも考えていた。
(せっかくなら小樽にも寄って、美味い海鮮でも食べるか…)
まいは運転席で満足そうにハンドルをトントンと叩くと、俺の方をちらりと見た。
「まい、じゃあ御殿場以来のロングドライブ、行ってみるかぁ?」
俺が冗談めかして言うと、まいはクスッと笑いながら首を振る。
「ロングドライブじゃないよ〜! 次の道の駅までだからねぇ〜、だ!」
「了解。じゃあまずは道の駅まで——行くか!」
「うん!」
エンジンがかかり、車がゆっくりと動き出す。
「気をつけろよ」
「わかってるってば! ごちゃごちゃ言わないで、おとなしくしてなさい!」
「はいはい……」
互いに笑いながら、レンタカーは広い道路へと滑り出していった。
目の前に広がる北海道の大空と、どこまでも続く道。
助手席で窓の外を眺めながら、次の道の駅でカー用品のところがあったらあるものを買おうと決めていた.
しばらく走ると、周囲の景色が一変した。とはいえ、わずか10分ほどのことだ。函館空港を出て市街地を抜けた途端、そこには北海道ならではの雄大な自然が広がっていた。
「謙、すごいねぇ……自然って」
運転席でまいが感嘆の声を上げる。
「ほんとだなぁ。木々の新緑が鮮やかで、めちゃくちゃ綺麗だ」
助手席から窓の外を眺めると、果てしなく続く森の緑がまばゆいほどに輝いていた。新鮮な空気が車内に流れ込み、気持ちがふっと軽くなる。
「うん、なんかすごく贅沢な感じだねぇ」
まいがハンドルを握りながら、幸せそうに目を細める。
「こんな大自然の中をドライブしてさ、誰にも邪魔されないで2人だけなんだよぉ〜。なんか、本当にワクワクしてくる感じ!」
その言葉を聞いて、俺も改めて実感した。こんなにも広々とした場所で、心ゆくまで景色を楽しみながら車を走らせる——それだけで、特別な時間を過ごしている気がした。
「だなぁ〜。それにしても、俺たちどこへ行っても天気に恵まれてるよなぁ。これはきっと俺のおかげだなぁ〜」
「違うよ! まいだよ!」
「いやいや、絶対俺!」
「違う!」
くだらない言い合いをしながらも、2人とも笑いが止まらない。心がほぐれていく感覚が心地よかった。
道沿いには小さな小川が流れ、車と並行するように続いている。太陽の光が水面に反射し、キラキラと輝く様子がまるで宝石みたいだ。
「まい、途中でいいなと思ったら車止めて写真でも撮ろうか? ポイントはまいに任せるから」
「わかった! 良さそうなところがあったら止めるね!」
まいは嬉しそうにハンドルを握り直した。その横顔は期待に満ちていて、まるで子供のように目を輝かせている。
そんなまいを横目で見ながら、俺はふと気づいた。
——俺にとって、この景色よりも、まいの楽しそうな姿のほうが、よっぽど癒やしになってるな。
そんなことを思いながら、俺は助手席でゆったりとシートに身を預けた。




