221 【朝食の時間、いつものやりとり】
朝食会場は、昨夜と同じ場所だった。
バイキングのカウンターには、色鮮やかな海鮮がずらりと並び、どれも新鮮で美味しそうだ。
俺はワクワクしながら、隣のまいに声をかけた。
「今日は何を食べる?」
「うーん、普通の朝食って感じのイメージかなぁ。」
「えっ、海鮮じゃないの?」
てっきり今日も海鮮を選ぶと思っていたので、意外な答えに驚いた。
「違うよ。今日はパンとか卵焼きとか、そういうのがいい気分なの。」
「なんで?」
つい理由を聞いてしまうと、まいは少し不思議そうに首をかしげる。
「別に意味はないよぉ〜。それより、今日の謙って、なんか変なところ突っ込んでくるよねぇ。」
「そうか? そんな深い意味で聞いたわけじゃないんだけど……。」
まいの反応にちょっと戸惑いながらも、冗談めかして聞いてみる。
「もしかして、ご機嫌斜めですか〜?」
「そんなことないよぉ〜!」
まいはぷいっと横を向いたが、その口元はどこか笑いを含んでいる。
俺は苦笑しながら、手を差し出した。
「わかった、わかった。ごめんごめん。じゃあ、そろそろ取りに行こうか。」
どこかぎこちない雰囲気のまま、俺たちは料理を取りに行った。
テーブルに戻ると、お互いのチョイスがあまりにも違いすぎて、思わず吹き出してしまう。
まいのトレイには、サラダにトースト、卵焼き、ウインナー。まるで洋食のモーニングセットのようにシンプルだ。
一方の俺は、ご飯に味噌汁、焼鮭、納豆、イカ刺し。これぞ和食の朝ごはんといった感じ。
「なんか昨日と違って、めちゃくちゃシンプルだな。」
俺が笑いながら言うと、まいも小さく頷いた。
「ねぇ、昨日は豪華な食事ばかりだったからかなぁ〜?」
「そうかもな。きっと今日もこれからいろいろ食べるだろうしなぁ。自然と軽めがいいかなって思ったのかも。」
「やっぱり謙と気が合うね。」
まいは嬉しそうに微笑みながら、手を合わせた。
「いただきまーす!」
その様子が可愛くて、俺もつられて「いただきます」と言いながら箸を取る。
ふと気になって、まいのトレイをちらりと見た。
「まい、飲み物は?」
「あっ……忘れた?」
まいは恥ずかしそうに笑い、ちょっとだけ肩をすくめた。
俺は少し気を使いながら尋ねた。
「何飲む? 取りに行ってきてあげるよ?」
「うーん、何かスープと牛乳でいいかなぁ。」
「了解。持ってくるよ。」
そう言って立ち上がると、まいはニコッと笑って 「ありがと!」 と言いながら、フォークを手に取った。
そんな何気ないやりとりが、なんだか心地よかった。
トレイを持って飲み物コーナーへ向かいながら、まいに何のスープを持って行こうかと考える。
種類はいくつかあったが、昨日まいが「北海道のとうもろこしが食べたい」と言っていたのを思い出し、シンプルにコーンスープを選ぶことにした。
「まい、喜ぶかな……」
そう思いながら、ふと振り返ってまいの方を見る。
まいは特に気にする様子もなく、楽しそうに朝食を食べていた。
しかし、その時ふと違和感を覚えた。
窓際のテーブルに座る男女が、まいの方をじっと見ているような気がしたのだ。
(……気のせいか?)
なんとなく嫌な予感がして、視線を戻す。
その瞬間、昨日の函館山での出来事が頭をよぎった。
「まさか……な」
俺は小さく息を吐いた。
冷静になれ。ただの偶然かもしれない。
まいには余計な心配をさせたくないし、俺が注意していれば問題ないはずだ。
そう自分に言い聞かせ、もう一度気を落ち着ける。
「……あと、牛乳か」
牛乳を手に取るついでに、再びさっきの男女をちらりと見てみた。
今度は特にこちらを気にしている様子もなく、ごく普通に朝食をとっているようだった。
(やっぱり俺の考えすぎか……?)
そう思いながらも、胸の奥に残るざわつきを振り払えずにいた。
「お待たせ」
トレイをテーブルに置くと、まいがぱっと笑顔になった。
「ありがとう」
「コーンスープにしたよ」
そう言うと、まいは嬉しそうにスープのカップを手に取る。
「うん、嬉しい」
スープの香りを確かめるようにそっと顔を近づけ、目を細めて微笑むまいを見て、自然と俺の顔にも笑みが浮かんでいた。
(よかった、気に入ってくれたみたいだ)
窓際の男女のことは、俺が意識していればいいだけ。
気にしすぎても仕方ないし、今はまいとの時間を楽しもう。
そう思い直し、俺も朝食を口に運んだ。
食べながら、ふと話を切り出す。
「まい、食事が終わったら、近くのホテルと湯の川停留所まで歩いて行こうか。食後の運動ってことで」
「了解っ。お散歩みたいな感じだよねぇ?」
「そんな感じ」
まいは嬉しそうに頷きながら、スープをひと口すすった。
こうして、朝の穏やかな時間の中で、俺たちは今日の予定を改めて確認し合った。
もっとも、すでに決まっていることばかりなのだけど。
それでも、何気ない会話の中に流れる心地よい空気が、俺にとっては何よりも大切に感じられた。




