216 【湯上がりの夜風とまいを待つ場所】
風呂から上がり、脱衣所で軽く体を拭いてから浴衣を羽織る。湯に長く浸かっていたせいか、体の芯からぽかぽかと温まっているのがわかる。
「ふぅ……気持ちよかったなぁ。」
小さく呟いて、髪を手ぐしで整えながらスリッパを履く。
扉を開けると、夜の涼しい風が火照った体に心地よく、自然と深く息を吸い込んだ。温泉特有の硫黄の香りがほんのり残る空気が、鼻をくすぐる。
辺りを見回してみたが、まだ出てきていないようだった。
「まぁ、まいはゆっくり入るって言ってたしな。」
そう思いながら、大浴場の外にある休憩スペースへ向かった。
廊下の先にはマッサージチェアが並んでいて、数人の宿泊客がくつろいでいる。自販機の横にある冷水機でコップに水を汲み、一気に飲み干すと、風呂上がり特有の爽快感が体を駆け抜けた。
「……ふぅ、生き返る。」
そう言いながら腰を下ろし、腕を組んで目を閉じる。
まいが出てくるまで、しばらくここでのんびりしていよう。
今の所、腰の痛みはさっきと比べるとだいぶ和らいてる
明日の運転もこれらなら大丈夫だろうと安心した。
「さて、このあとどうするかな……」
湯上がりの心地よさに浸りながら、ぼんやりと考える。部屋に戻ったら、まいと最後のコナンの予定でも立てようか。せっかくの旅行なんだから、楽しいことを優先しないとな。
そう思いながらも、頭の片隅には例のことがこびりついて離れなかった。
——あの違和感。
函館山での出来事を思い返すと、やはり腑に落ちない。俺が転落したのは、単なる事故だったのか? それとも、誰かに突き落とされたのか?
純一の言葉が蘇る。
「謙、お前、しばらく1人行動は控えろな」
冗談めかして言われたけれど、今になってその言葉の意味が妙に重く感じる。
「……明日は少し意識して動いてみるか。」
誰かにつけられていないか、周囲に不審な動きはないか。今までそんなことを考えたこともなかったが、これからは気をつけるべきなのかもしれない。
「ま、今は考えすぎても仕方ないか。」
そう自分に言い聞かせ、気持ちを切り替える。
とりあえず、まいが戻ってきたら部屋に戻って、冷えたビールを飲もう。湯上がりの一杯は格別だ。だが、明日は札幌まで車で移動だから、アルコールは今夜だけにしておかないとな。
「よし、そうと決まれば、まいが来るまでのんびりしよう。」
そう思いながら、俺は深く椅子に座り直し、静かに目を閉じた。




