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211 「夜景に息をのむ瞬間」


バスは細い山道をゆっくりと進んでいく。

時折、カーブを曲がるたびに視界が開け、暗闇の中に街の光がちらちらと見え隠れする。


エンジンの低い音が響く中、ガイドさんが明るい声で案内を始めた。


「皆さん、もうすぐ右手に美しい夜景が見えてきますよ。実はここ、函館のポスターや観光パンフレットによく使われるスポットなんです。バスは少しスピードを落としますので、ぜひ見逃さないでくださいね!」


その言葉に、車内の雰囲気が少し高揚する。

まいも窓の外をじっと見つめ、期待に胸を膨らませていた。


そして次のカーブを曲がった瞬間——


「……!」


目の前に広がる光の海に、まいの息が止まる。


函館の街が、まるで宝石をちりばめたように輝いていた。

真っ暗な海の上に、無数の光が連なり、星座のように形を作っている。

どこまでも続く光の波が、夜空と溶け合うように広がっていた。


バスはゆっくりと進んでいたが、その絶景はほんの数秒で過ぎ去ってしまう。

しかし、まいはその一瞬に心を奪われ、まるで時間が止まったかのように固まっていた。


「……謙、すごい……」


かすれた声で、まいが呟く。


「函館って、こんなに綺麗なんだね……ハガキとかで見たのと、本当に同じ……」


いや、それ以上だった。


写真や映像では伝えきれない、現実の美しさがそこにはあった。

目の前に広がる光景が、まいの心に深く刻み込まれるのがわかる。


そんなまいの横顔を見て、俺は思わず微笑んだ。


「まい、もう少しで頂上に着くよ。そこからは、もっとすごい景色が見られるぞ。」


まいは目を輝かせながら、俺の方を振り返る。


「……うん!」


期待に満ちた声が、夜のバスの中で静かに響いた。


函館山の頂上で、俺たちはどんな景色に出会うのだろうか。


ようやくバスが駐車場に到着した。


車内がざわめき、乗客たちが次々と席を立つ。

窓の外を見ると、すでに多くの観光客が集まっており、展望台へと向かう人の波ができていた。


「ここでの滞在時間は30分です。21時50分までにバスにお戻りください!」


ガイドさんの声が響く。


俺たちも順番にバスを降り、ガイドさんの先導で展望台へと向かって歩き出した。

空気がひんやりとしていて、少し肌寒い。


「謙、本当にすごく混んでるねぇ!」


まいは俺の腕にしがみつきながら、不安そうに言った。

確かに、前方には人の山。展望スペースに近づくほど、肩がぶつかり合うほどの混雑だった。


「夜景、ちゃんと見れるかなぁ〜」


心配そうに顔を上げるまい。


俺は彼女の頭を軽くポンポンと叩いて、冗談めかして言った。


「大丈夫だよ。いざとなったら俺が肩車してやるから」


すると、まいは俺を見上げた後、クスクスと笑う。


「もう、また変なこと考えてるぅ〜!」


怪しむような目つきをしながらも、口元には楽しそうな笑みが浮かんでいる。


俺たちは少しずつ人の間を縫うようにして進み、ようやく視界が開けた瞬間——


「……すごい!」


まいが息をのんだ。


次の瞬間——


「謙!すごい、すごい、めちゃくちゃ綺麗!!」


彼女は腕をぎゅっと握りしめ、飛び跳ねるような勢いで俺に興奮を伝えてくる。


眼下には、まるで宝石を散りばめたかのような絶景が広がっていた。

湾に沿って広がる街の光が、まるでキラキラと輝くネックレスのように夜の海に映えている。

遠くの山々は黒く沈み、その間を滑るように走る光の筋が幻想的な雰囲気を醸し出していた。


「すごい……こんなに綺麗だなんて……!」


まいは夢中で景色を見つめ、感動を噛みしめている。


俺も、正直ここまで綺麗な夜景だとは思っていなかった。

写真や映像で見るのとはまったく違う、息をのむほどの美しさがそこにはあった。


「最高のタイミングだったな」


俺がしみじみと呟くと、まいは満面の笑みで頷いた。


「やっぱり普段の行いがいいからかなぁ〜」


いたずらっぽく言うと、俺をチラッと見る。


「お、珍しく俺のこと褒めてくれるのか?」


そう言って肩をすくめると、まいは即座に首を振る。


「謙じゃぁないよぉ〜!」


「なんで?」


「だってさっきも言ったじゃんエッチなことしか頭にないんだもん!」


「えぇ〜そんなことないでしょ〜」


「そんなことあるでしょ〜!」


まいはおどけながらも、夜景の輝きの中で無邪気に笑っていた。


そんな彼女の姿を見ていると、なんだか俺まで幸せな気分になってくる。


その時、再びガイドさんの声が響いた。


「ここでガイドの案内は終了です。滞在時間は21時50分までですので、時間厳守でバスにお戻りくださいねぇ〜!」


それを合図に、俺たちは自由行動となった。


「謙、もっと近くで見たい!行こ!」


まいは俺の手を引き、嬉しそうに展望台へ向かって走り出した。


——この景色、そしてこの瞬間を、ずっと忘れたくない。


俺はまいの後ろ姿を見つめながら、心の中でそう思った。


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