209 「ロビーで待つ時間と、まいの笑顔」
俺はロビーのソファーに腰をかけ、まいが戻ってくるのを待っていた。
少しだけ背もたれに体を預けると、食後の満腹感がどっと押し寄せてくる。
「……しかし、食ったなぁ……」
思わずぽつりと呟いた。
本当に腹が苦しい。しばらく動きたくないくらいだ。
でも、まいもよく食べてたよな。あんなに美味しそうに食べるやつ、他にいるか?
「……やっぱり、まいとはグルメ旅が一番だなぁ……」
ぼんやりと考えながら、ロビーの様子を何となく眺めていた。
ふと目に入ったのは、少し離れた席に座る男女の姿。
二人は特に変わった様子もなく、普通に話をしているだけだ。
ここはホテルのロビーなんだから、こういう光景は当たり前だし、特に気にする必要もない。
ただ――
「もしかして、あの二人も夜景を見に行くのかなぁ……」
そんなことを、ぼんやりと思った。
腕時計を見ると、20時45分。そろそろ時間だ。
まい、もう来るかな……と思ったその瞬間――
「謙、お待たせぇ!」
元気な声がロビーに響いた。
俺は顔を上げる。
まいは小走りに俺の方へ駆け寄ってきた。
その顔は、なんだかすごく嬉しそうで、目をキラキラと輝かせている。
「おう。やっぱり5分前行動、まいはすごいな」
「そんなことないよ〜!」
まいは軽く笑いながら、俺の隣にちょこんと座った。
「ねえねえ、聞いて!部屋の景色、めちゃくちゃ最高だったんだよ!」
まいは、俺の腕を軽く引っ張るようにして、興奮気味に話し始めた。
「窓からね、ちょうど真正面にお月様が見えるの!しかもね、その月が海に映って、キラキラしてて……もう、ほんっっとうに綺麗だったの!」
両手を大きく広げながら、一生懸命伝えようとするまい。
その姿が、なんだか子供みたいで可愛い。
「まい、すっごい感動しちゃった……!謙と一緒に見たかったなぁ……」
最後の言葉は、少ししんみりとしたトーンになった。
「へぇ、そんなにすごかったんだ」
俺は少し悔しくなった。
そうと分かっていたら、部屋に一緒に行けばよかったな……。
「でも、これから本物の夜景だぜ?それも、きっとすごいと思うよ」
「うん、それも分かってる!でもでも!早く見に行きたいよぉ〜!」
まいはテンション高めに椅子から立ち上がる。
さっきまでの落ち着いたロビーが、まいのテンションで一気に明るくなるような気がした。
「ほら、行こ!夜景が待ってるよ!」
俺は笑いながら立ち上がり、まいと並んで歩き出した。
この調子だと、夜景を見たときのまいの反応がますます楽しみだ。




