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202 【ホテルのひととき——エレベーターの中、ふたりの静かな時間】


俺たちはロビーのソファーに腰を下ろし、少しだけくつろぐことにした。

長時間の移動と観光で疲れた体をふわりと包み込むような柔らかいクッション。

周囲には静かに流れるピアノのBGMと、ホテル独特の落ち着いた空気が漂っている。


ウェルカムドリンクのカウンターには、紅茶やハーブティー、コーヒーなど様々な種類が並んでいた。

どれにしようか迷った末、まいはアップルティー、俺は珍しいとうもろこしのティーを選んだ。


ホットティーのカップを手に取り、香りを楽しむ。

アップルティーはほんのり甘い香りが漂い、とうもろこしのティーはどこか香ばしくて優しい匂いがする。


「謙、それちょっと味見させて?」


まいが俺のカップを覗き込みながら、興味深そうに言った。


「いいよ」


俺がカップを差し出すと、まいはそっと手に取り、一口だけゆっくりと口に含んだ。

そして嬉しそうに微笑む。


「ほんのりとうもろこしの味がして美味しいねぇ」


「おぉ、そうなんだ」


「うん、香ばしくて優しい感じ」


「じゃあ、まいのアップルティーも飲んでみていい?」


「もちろん!」


まいは自分のカップを俺に差し出した。

俺はそれを受け取り、一口啜る。


口の中に広がるのは、優しいリンゴの甘さと紅茶の爽やかな香り。

ほんのり甘酸っぱく、どこかホッとする味わいだった。


「優しい味だねぇ……すごく落ち着く感じ」


「でしょ? ここのドリンク、クオリティ高いよね!」


まいも嬉しそうに頷いた。


しばらく2人でホットティーを味わいながら、心地よい沈黙が流れる。

旅の疲れが少しずつ和らいでいくのを感じた。


スタンプラリーの思い出


ふと、俺は今日の観光を思い出しながら口を開いた。


「そうだ、まい」


「なぁにぃ〜?」


「今回のスタンプラリー、よかったなぁ〜って思って」


まいは少しビックリしたが嬉しそうに微笑んだ。


「本当にぃ〜? 謙、楽しめた?」


「うん! あのおかげで、そこそこ函館観光できてるもんなぁ〜」


「たしかにねぇ〜。もしスタンプラリーがなかったら、旧函館区公会堂とか行かなかったかもね」


「そうそう! あそこ、結構よかったよなぁ」


「うん、バルコニーからの景色、すっごく綺麗だったよねぇ〜!」


まいは目を輝かせながら、今日見た風景を思い出しているようだった。

海風が心地よく吹き抜けるバルコニーから眺めた函館の街並み。

歴史ある建物の美しさと、どこか異国情緒の漂う雰囲気。


俺たちはその思い出を胸に、温かいティーを飲みながら、穏やかな時間を過ごしていた。




「さて、そろそろ部屋にでも行ってみようか?」


俺がそう言うと、まいは少し嬉しそうに頷いた。


「うん、多分ね、海側の部屋だよ」


「そうなんだ、楽しみだなぁ〜」


「10階だから、きっと景色もいいと思うよぉ」


まいはそう言いながら、どこか期待に胸を膨らませているようだった。

函館の海が見える部屋。

どんな風景が広がっているんだろう。


俺たちはそんな話をしながら、エレベーターへと向かった。

ボタンを押すと、すぐにエレベーターの扉が静かに開いた。

中に入り、俺が「10」のボタンを押すと、ゆっくりと扉が閉まった。


ふと横を見ると、まいが微笑みながらじっと俺を見つめていた。


「……どうした?」


まいは何も言わず、ただ優しく微笑んだまま、ゆっくりと首を左右に振った。

その仕草がなんとも可愛らしく、俺は思わず微笑んだ。


次の瞬間、まいは静かに俺の方へと歩み寄ってきた。

俺を見上げるように顔を上げ、ふわりと背伸びをした。


まいの大きな瞳が、まっすぐに俺を捉えて離さない。

その瞳の奥に映るのは、愛おしさと、少しの恥じらいを感じた


俺はそのまいの気持ちを受け止めるように、ゆっくりと頭を傾けた。

そして、そっとまいの唇に軽くキスを落とす。


触れるか触れないかの、優しく甘いキス。


まいは驚くこともなく、そのまま静かに瞳を閉じた。

まるでこの瞬間をずっと待っていたかのように。


唇が離れると、まいは幸せそうに微笑んだ。


「……謙」


まいの声は、どこか甘くて切ない。

その声を聞くだけで、俺の心まで温かくなっていく気がした。


エレベーターは静かに10階へと上がっていく。

俺たちはただ見つめ合ったまま、しばしその余韻に浸っていた。


窓から差し込む黄金の光


エレベーターが静かに停止し、扉が開く。


まいは迷うことなく先に降り、まっすぐに部屋の方へと歩いていった。

俺はそんな彼女の後ろ姿を眺めながら、ゆっくりと後を追う。


まいは部屋の前で立ち止まり、カートキーを取り出すと、カードリーダーに差し込んだ。

「ピッ」と電子音が鳴り、ドアロックが解除される。


次の瞬間、扉を開けたまいの声が弾けた。


「謙、すごい!この部屋、最高!」


その瞬間、俺の目に飛び込んできたのは、大きな窓から差し込む眩しいほどの夕日だった。

黄金色の光が部屋の中を優しく包み込み、穏やかで幻想的な雰囲気を生み出している。


まいは興奮した様子で荷物を床に置くと、迷うことなく窓際へと駆け寄った。


「すごい……!」


窓の外には、どこまでも広がる青い海。

右手には函館山の姿も見える。


「この部屋……すごいなぁ……」


それしか言葉が出てこなかった。

こんなにも開放感のある景色を前にすると、言葉なんて不要なのかもしれない。


まいは窓に張り付くように立ち、嬉しそうに外の景色を眺めている。

その後ろ姿から、彼女の心がどれほど躍っているのかが伝わってくる。


俺はそんなまいを横目に見ながら、ベッドの端に腰を下ろした。

「ふぅ……」と小さく息をつくと、柔らかいマットレスが体を優しく包み込む。


まいの無邪気な後ろ姿


ふと、まいの方をぼんやり見ていた。  


突然、まいが振り返って俺を見た。


次の瞬間、俺は気づいた。


まいの瞳が、さっきまでの純粋な喜びに満ちたものとは違う――

どこか、いたずらを企んでいるような、そんな光を宿している。


嫌な予感がした。


「……まい?」


俺が問いかけるのと同時に――


「謙っ!」


まいは勢いよく、弾けるように俺へと飛びかかってきた。


「おい、待て、まいっ――!」


言葉を発したのと同時に、俺の体に彼女の小さな体が勢いよく抱きついてきた。

そのまま俺は軽く仰向けになり、まいの温もりをダイレクトに感じた。


まいが「楽しいね……」


と耳元で囁かれたその言葉は、まるで柔らかな風のように心に染み込んでいく。


俺は苦笑しながら、まいの背中にそっと手を添えた。

この無邪気さと、自由奔放な愛らしさが、たまらなく愛おしく感じた。



まいは俺の横にそっと体を寄せ、添い寝をするように腕を絡めていた。

ぬくもりがじんわりと伝わり、心地よい安心感に包まれる。


「もう少しでご飯だね」


まいは俺の肩に頬を寄せながら、小さく呟くように言った。


「謙、お腹すいたぁ?」


無邪気に問いかけるまいの顔が可愛くて、ついふざけたくなった俺は――


「まいの可愛さで、お腹いっぱい」


そう冗談めかして言ってみる。


すると、まいは一瞬ぽかんとした顔をした後、ふっと微笑んで呆れたような表情を浮かべた。


「謙は、なんでこんな場面でもふざけるのかなぁ〜?」


困ったような顔をしながらも、どこか嬉しそうなまいの表情がたまらなく愛おしい。


「だって……なんか照れるじゃん。だから、ついなぁ……」


俺が少し気恥ずかしそうに言うと、まいはクスッと笑った。


「仕方ないなぁ〜、でも今日は許してあげる」


そう言うと、まいは優しく俺の頬に手を添え、ゆっくりと顔を近づけてきた。


ふわりと甘い香りが鼻をかすめる。


次の瞬間――


まいの唇が、そっと俺の唇に触れた。


驚く暇もなく、俺はただ、その柔らかさを感じるまま、まいを受け止めた。

特別な言葉なんていらない。

この瞬間にすべてが詰まっているような気がした。


窓の外では、沈みゆく夕日が海にオレンジ色の光を散りばめている。

静寂の中で、時間だけがゆっくりと流れていた――。



夕食の時間が近づいて


「謙、そろそろ食事行こうか?」


まいの穏やかな声が、ゆっくりと部屋に響いた。

ふと時計に目をやると、もう17時20分を回っている。


「そうだなぁ……」


俺は少し伸びをしながら、冗談めかしてニヤッと笑った。


「まい、この旅行は5分前行動だもんなぁ〜」


それを聞いたまいは、満面の笑みを浮かべながら自信満々に答えた。


「そう!早めの行動が運を呼ぶの!」


まいはそう言って、さっそく身支度を始める。


クローゼットを開け、小さなバッグに必要最低限のものを詰め込んでいく。

鏡の前で身だしなみを整える姿は、まるで儀式のように丁寧で美しい。


俺はそんなまいをベッドに座りながら眺めていた。


「やっぱり、女の子は大変だなぁ……」


無意識のうちに、ぽつりと呟いてしまう。


そんな俺の言葉を聞いたまいは、振り返ってニコッと微笑んだ。


「ふふっ、謙も気を抜かないでね?これから美味しいもの食べるんだから、ちゃんとお腹すかせといてよ?」


そう言って、まいはバッグの中を最終チェックし、準備を整えた。


俺はゆっくりと立ち上がり、まいの隣に並ぶ。


「よし、行くか」


「うん!」


2人は微笑み合いながら、夕食の待つレストランへと向かっていった。


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