199 【心からの楽しさ、そして溢れる想い】
「まい、路面電車に乗ったことってある?」
ふとした思いつきのように謙が尋ねると、まいは少し考え込んだ。
「うーん、小さい頃に王子あたりで乗ったことあるよ。でも、それ以来かな……どうして?」
「そっか。ちょっと路面電車に乗ろうかなって思ってさ。」
謙は少しだけ嬉しそうな表情を浮かべる。
「この坂を下って、少し歩けば停留所があるみたいなんだ。そこから五稜郭の近くまで行けるみたいでさ。タクシーより風情があっていいかなって思ったんだよね。」
まいの目が輝く。
「うん!決定!そうしよう!」
彼女の返事を聞いて、謙も満足そうに頷いた。
二人は並んで坂を下り、停留所へと向かう。風が心地よく吹き抜け、どこか懐かしい気分になる。
すると、背後から「ガタン、ゴトン」と線路を伝って響く音が近づいてきた。
振り返ると、路面電車がすぐそこまで迫っている。
「まい、走るぞ!」
「えぇ!?いきなり~!?」
驚きながらも、まいは謙に引っ張られるように駆け出した。
二人は全力で停留所へ向かって走る。
足音が響き、息が上がる。でも、どこか楽しい。まるで子供の頃に戻ったような気持ちだった。
何とか間に合い、滑り込むように電車へと乗り込む。
扉が閉まり、ほっとした瞬間、二人はゼイゼイと肩で息をする。
「ぜぇ……はぁ……ギリギリだった……。」
「もう……突然すぎるよ……!」
言葉とは裏腹に、まいはクスクスと笑いながら謙を見上げた。
謙も同じように、楽しそうな目をしてまいを見つめ返す。
電車の揺れに身を任せながら、二人は自然と笑い合っていた。
路面電車に揺られて、函館の街を眺めながら
函館の繁華街を、路面電車はゆっくりと走り抜けていく。
車窓の向こうには、レトロな建物や活気あふれる商店街が広がり、昼下がりの街は穏やかな時間の流れを感じさせた。
まいは窓の外を眺めながら、ふとつぶやく。
「謙、なんかいいね、この感じ。」
謙はまいの言葉に頷き、車窓の景色に目を向けた。
「そうだな。都内と違って、時間がゆっくり流れてる感じがする。なんていうか、懐かしいような感覚になるな。」
まいは小さく微笑んだ。
「あっ、市場のあたりだよ。」
窓の向こうには、活気ある市場の風景が広がっていた。新鮮な魚介類を並べる店、観光客や地元の人々が行き交う姿が目に入る。
「本当だ。あの店、また来ような。」
謙が言うと、まいは嬉しそうに頷いた。
「うん、絶対また来ようね。」
まいは楽しげな表情で謙を見つめ、その視線を再び窓の外へと移した。
「ねぇ、謙。どこで降りるの?」
「五稜郭公園前かな。まだ少しあるから大丈夫だよ。」
そう言いながら、謙はスマホを取り出し、停留所の位置を確認する。
電車は何駅かを通過し、心地よい揺れとともにアナウンスが流れた。
「次は、五稜郭公園前~、五稜郭公園前です。」
謙が軽くまいの肩を叩く。
「まい、降りるぞ。」
「うん、わかった!」
二人は立ち上がり、ゆっくりと停車する電車の中で、次の目的地に向かう準備をした。
路面電車を降りた二人は、目的地の確認をしていた。
すると、ふと謙が向かいの建物を指さす。
「まい!あのデパートもスタンプポイントになってるぞ。」
「えぇ?デパートの中?」
まいは驚いて目を丸くする。
「そうみたいだ。とりあえず、あそこから行って五稜郭に向かうか?」
「了解!じゃあ、向こうに渡ろうよ。」
「そうだな。」
二人は信号が青に変わるのを待ち、横断歩道を渡ってデパート「丸井」の中へと入っていった。
エスカレーターでスタンプポイントのある階へと上がり、難なくスタンプをゲット。
「やった!まさかデパートの中にあるなんて思わなかったから、嬉しい!」
まいは予定外の発見に目を輝かせ、無邪気な笑顔を見せた。
謙もそんな彼女の姿を微笑ましく思いながら、軽く頷く。
デパートを出ると、五稜郭へと続く道が目の前に広がっていた。
「ここからは少し距離があるけど、散歩にはちょうどいいな。」
謙がそう言うと、まいは自然と彼の腕に手を添えた。
「じゃあ、のんびり歩こうよ!」
まいの声は弾んでいて、その瞳には嬉しさがにじんでいた。
この旅を心から楽しんでいるのはもちろん、それ以上に――こうして謙と一緒にいられることが、まいにとって何より嬉しいことなのかもしれない。
まいは、腕に軽く力を込めながら、あれこれと他愛もない話をしてきたが、急にしおらしく話し始めた。
「なんか、私……こんなに楽しい旅行、初めてかも。」
ふいにまいが呟いた。その声はどこか感慨深く、しみじみとした響きを持っていた。
「まい、大袈裟だよぉ。朝からずっとバタバタしてただけじゃん。」
謙は軽く笑いながら返した。今までバカみたいな話をしてきたからだ。
まいは小さく首を振る。
「違うの……全然違う……今まで味わったことないくらい、すっごく楽しいの……。」
急にまいからのその言葉に、俺の胸の奥がじんわりと温かくなった。
「まい、俺もそう感じてるよ。」
そう言いながら、謙はまいに優しく呟いた。
「今日はまいの魅力を、いろんなところで見て感じてた。ちょっとした仕草とか、汗をかきながらも爽やかに笑う顔とか……すごく、いいなって。」
「……謙のバカ!」
まいは恥ずかしそうに顔を赤らめ、照れ隠しのように軽く謙の肩を叩いた。
「そんなこと言われたら、恥ずかしいじゃん……。」
そう言いながらも、彼女の唇には微笑みが浮かんでいた。
「まい……今まで、いろいろ苦労や心配ばかりかけて、すまなかったなぁ。」
謙が静かにそう告げると、まいはふっと息を呑んだ。
「謙……やめてよぉ。そんなこと言われたら、泣いちゃいそうだよ……。」
「ごめん、ごめん。ただ、素直な気持ちを伝えたくてさ。」
「もう、バカ……涙が出たら謙のせいだからね……。」
まいはそう言いながら、ぎゅっと謙の腕にしがみついてきた。その細い腕から伝わる温もりに、謙は彼女の気持ちを強く感じた。
「まい、見えてきたぞ。五稜郭タワー。」
謙が前を指さすと、まいも視線を向ける。
「本当だぁ!」
「タワーから行こうか?」
「うん、謙の言うとおりにね。」
まいの瞳は輝き、手を繋ぐ力が少しだけ強くなった。その仕草に、謙はそっと微笑んだ。
この旅は特別なものになる。そう確信しながら、二人は五稜郭タワーへと歩き出した。




