186 「旅の準備と浮かぶ景色」
そんなこんなで、なんとなく北海道旅行のプランが形になってきた。
気づけば、出発まであと一週間を切っている。
「しっかり計画立てないと、楽しい旅行が台無しになっちゃうからね!」
そう言って、まいは食事が終わるとすぐにスマホを手に取り、飛行機と宿の予約に取り掛かっていた。俺はそんな彼女の様子を横目で見ながら、
「じゃあ、俺は本屋に行って旅行ガイドを買ってくるよ」
と言って、家を出た。
鍋を食べたおかげか、夜の冷たい風もそこまで寒くは感じない。身体の芯から温まっているのが分かる。
本屋までは歩いて5分ほどの距離。食後のちょっとした散歩にはちょうどいい。
歩きながら、頭の中で北海道のことをぼんやりと考えてみる。
……とはいえ、記憶には何も浮かんでこない。
思い出せるのは、スマホで調べた観光地や、おすすめルートの情報だけ。
だけど、なぜか 「まっすぐに伸びる道と広い空」 だけは、鮮明にイメージできた。
その景色を思い浮かべるだけで、不思議と気分が高揚する。
知らないはずの場所なのに、どこか懐かしい気持ちになる。
昔のことは、そのうち思い出せるだろう。
それよりも、今はこれからのことを考えていけばいい。
横にまいがいてくれる。
それだけで、きっと楽しい旅になる。
そんなことを考えながら歩いていると、気づけばもう本屋の前に着いていた。
自動ドアが開き、ふわりと紙の匂いが鼻をくすぐる。
店内に入り、目的の「旅行ガイド」の棚へ向かう。
北海道のコーナーはすぐに見つかった。
いくつか手に取ってパラパラとめくってみるが、どれも似たり寄ったりの情報ばかり。
「うーん……どれがいいかな」
悩んだ末、スマホと連動できるガイドブックを選んだ。
スマホと連携できるなら、移動中でも便利だし、まいと一緒に見ながら計画を立てるのにも役立ちそうだ。
「よし、これにしよう」
本を持ってレジへ向かいながら、俺はふと、まいの喜ぶ顔を想像していた。
きっと、楽しそうに本を覗き込んで「これ見て!行きたいところが増えちゃった!」なんて言うに違いない。
それを思うと、旅行の計画を立てる時間すら、特別なものに思えてくる。
この旅は、ただの観光じゃない。
まいと過ごす大切な時間なんだ——そう思いながら、俺は本を大事に抱えて店を後にした。
本屋を出て、来た道をゆっくりと歩いていく。
夜風が少し冷たく感じる
旅行ガイドの入った袋を片手に、何気なく街の景色を眺めながら歩いていると——ふと、視界の隅に違和感を覚えた。
あれ?またあの車……?
立ち止まることなく目だけを向けると、向かいのマンションの前に白いワーゲンが停まっている。
「……気のせいか?」
人気のある車だし、街を歩けばいくらでも見かける。たまたま同じ車種を見ただけなのかもしれない。
けれど——なぜか妙に引っかかる。
あの車を意識し始めたのは、沼津へ行ったときからだった。
沼津からアウトレットへ向かう道でずうっと一緒だったしあの事故未遂のあとにも、確か横を走りさっていたのも……。
たまたま印象に残る事の時に見かけたんだなぁ
単なる偶然だろう。
「……考えすぎか」
そう自分に言い聞かせるように小さくつぶやく。
関係ない。ただの車。たまたま目についただけ。
そう結論づけようとするが、胸の奥には微かな違和感が残る。
なぜ俺は、あのワーゲンを気にしているんだろう?
わざわざ意識するほどの理由なんてないはずなのに。
ちらりと最後にもう一度視線を向けるが、車は動く気配もなく、ただ静かにそこに停まっていた。
「……まぁ、いいか」
結局、それ以上深く考えるのはやめて、俺はそのまま自分のマンションへ入っていった。
——けれど、この違和感が何を意味するのか、そのときの俺はまだ知らなかった。




