180 「復活した女は強い!気まぐれ姫とご機嫌取り」
まいはだいぶ楽になったのか、自分からキッチンに立ち、冷蔵庫の中を覗き込んだ。
「何か食べる?」
まだ本調子ではないはずだが、さっきまでのぐったりした様子とは打って変わって、いつもの調子が戻ってきている。
「軽いのでいいよ。もうすぐ晩飯だもんな」
俺がそう答えると、まいは「わかった」と軽く頷きながら、ふと振り返ってきた。
「謙、そういえば今日何か食べた?」
「何も食べてないよ」
何気なく答えた瞬間、まいの顔が険しくなった。
「……はぁ〜?」
怒りの予兆が見えた。
「何やってるのぉ!」
案の定、怒鳴られる。
「え、え?」
俺は思わず眉をひそめる。なんでそんなに怒られるのか、全くわからない。
「もし私がいなかったら、食べないつもりなの?」
「いや、別にそんなことは……」
「健康管理はまず食からなんだから! 謙だけでもちゃんと食べないとダメでしょ! 何考えてんの? 信じらんない!」
まいは完全にキレていた。
俺は「はぁ……?」と軽くため息をつく。
別に腹が減ってどうしようもないわけじゃないし、飲み物も摂ってたから問題なかった。それに、そもそも今日はまいの二日酔いに付き合ってただけで、俺が責められる筋合いはないはずなのに——。
「謙、私が作らなくても、自分で何か作らないとダメだからね!」
俺が返事をする前に、畳み掛けるようにまくし立ててきた。
「わかった?」
俺は、とりあえず適当に返事をすることにした。
「はい……」
「分かればよし!」
そう言って、まいは妙に満足そうに頷いた。
……え? これ、俺が悪いのか?
納得いかない気持ちを抱えつつも、俺はまいの顔をじっと見た。朝とは違い、すっかり元気を取り戻している。
「……まい、復活したな」
俺が思わず微笑むと、またまいの鋭い声が飛んできた。
「謙! 何笑ってるの? 女性は体調悪くても寝てられないんだからねぇ!」
……うん、前よりもキツイかもしれない。
だが、少なくともまいが復活したのは確かだった。
まいはなんだかんだ言いながらも、ホットケーキを焼いてくれた。
フライパンの上でふんわりと焼きあがる生地を眺めながら、鼻歌まで歌っている。
どうやら完全復活らしい。
「謙、コーヒーと紅茶、どっちがいい?」
「コーヒーでいいよぉ」
まいは「はいはい」と軽く返事をしながら、コーヒーを淹れ始めた。
その間も、ノリノリで鼻歌が止まらない。
ここまで回復するとは……さすが、まい。
俺はノートを開いて、これからの予定を決めようと、まいが戻ってくるのを待っていた。
カレンダーを横に置き、日程を確認しながら考えを巡らせる。
「お待たせっ!」
まいがパンケーキとコーヒーを持ってきて、テーブルに並べる。
「お、ありが……」
言いかけた瞬間、まいが隣に座るや否や、俺の顔を両手でガシッと掴んで強引に自分のほうへ向かせた。
「……!?」
目の前には、にやりと笑うまいの顔。
「召し上がれ♡」
……ちょっと怖い。
だが、その後はいつものまいだった。
パンケーキを食べながら、俺はノートとカレンダーをまいに見せ、簡単な予定を伝えた。
ゴールデンウィークは避けたほうがいいということで、その前に旅行へ行くことに決定。
問題は目的地だ。
朝、まいは北海道がいいと言っていたが、あのときは瀕死の状態だった。
覚えているのか怪しいところだ。
もう一度、確認してみることにする。
「まい、どこ行きたい?」
「そうだなぁ〜。謙とならどこでもいいんだけどぉ〜」
「ちゃんと考えて!」
俺がツッコむと、まいは「うーん」と少し考えた後、ふと思い出したように言った。
「朝、北海道って言ってなかった?」
……覚えてたのか?
「まい、覚えてたの?」
俺が微笑みながら聞くと、まいは急にムッとした顔になり——
「失礼しちゃう!」
バンッとテーブルを叩く。
「まいはそんないい加減なこと言わないよ! 謙、私のことそんなテキトーな女だと思ってたの?」
……はい、怒りました〜…。
「ち、違うよ! つらそうだったから、記憶ないかなと思っただけで……」
俺はとっさにフォローを入れる。
まいはじーっと俺を睨みつけた後、「ふんっ」と鼻を鳴らして、パンケーキを一口食べた。
……機嫌を取るのも大変だ。
「まぁ、北海道で賛成だけどね」
——機嫌、直ったらしい。
「じゃあ、北海道として、どの辺行くか?」
「ん〜、ドライブがしたいなぁ〜」
「まいの運転?」
「そこじゃないの!!」
またテーブルを叩く。
「謙と二人で、ゆっくり広い大地を見ながらいろんなこと話したいなぁって思ったの!」
俺はちょっとふざけすぎたかなと思い、真面目に考え始めた。
……北海道旅行、果たして無事に行けるのだろうか。




