178 【町中華の戦いの後、喫茶店へその時謙は】
「ありがとうございました〜」
店の暖簾をくぐり、橘と篤志は外の空気を大きく吸い込んだ。
「……あれは無理だ」
橘がポツリと漏らすと、篤志も腹をさすりながら苦笑した。
「味はどれも美味かったんですけどねぇ……ただ、量が半端じゃなかったっすねぇ……」
「だな」
「今夜、飯食わなくても平気そうですよ」
「確かに……」
2人はゆっくりと歩きながら、先ほどの食事の余韻を味わっていた。
胃がずっしりと重く、全身に満腹感が広がっている。
「……橘さん、さっきの隣の客の話、すごく気になるんですけど……正直、今、思考回路が全く働きません」
篤志が苦笑混じりにそう言うと、橘も大きく息をつきながら頷いた。
「俺もだ」
2人は顔を見合わせ、苦笑いする。
「どっか喫茶店でも入って、少し落ち着こうか」
「そうっすね……このままじゃ頭が回らないっす」
「少し休めば、また考えられるようになるだろう。正直、今は無理だ!」
橘がそう言うと、篤志も「ですよねぇ」と肩をすくめる。
2人は微笑みながら、駅の方へ向かって歩き出した。
春の風が心地よく吹き抜ける中、胃の重さを抱えながら、次の目的地を探すようにゆっくりと進んでいくのだった。
「まい、お腹すいたか?」
謙がそう声をかけると、ソファーにもたれかかったまいは、少しだけ目を開けてゆっくりと首を振った。
「大丈夫……あんまり食欲ないから……でも、ありがとう」
先ほどよりは顔色も良くなり、声にも少し力が戻ってきたが、まだ本調子とは言えない様子だった。
「もう少し楽になったら、これからの計画を一緒に立てよう」
「うん、わかった」
まいは小さく頷き、またソファーに身を預ける。
謙はそんな彼女を横目で見ながら、ふと机に目を向けた。
「ちょっと机の中を片付けてみるかなぁ」
「どうしたの?」
「なんか、机の中に何が入ってるのかなぁって、昨夜から考えてたんだよ」
「部屋は私が片付けてたけど、机は手をつけてないからね」
「そっか、何が出てくるか楽しみだなぁ」
謙がそう言いながら引き出しに手をかけると、まいがいたずらっぽく笑いながら言った。
「エッチな本やDVDがたくさん出てきたりしてね?」
「そんなのあるわけないだろぉ」
謙は苦笑しながら、まず一番上の引き出しを開けた。
ペンやノート、付箋にクリップ……仕事で使うようなものが並んでいるが、特に気になるものはない。
次の引き出しには、いくつかの雑誌が入っていた。車、旅行、カメラ……趣味関連のものばかりだ。
「……やっぱり大事なメモみたいなものは何もないな」
そう呟きながら、さらに奥を探るが、手がかりになりそうなものは見当たらない。
「ねぇ、謙……」
まいがクスクスと笑いながら声をかける。
「結局、エッチなの出てきたぁ〜?」
「そんなのあるわけないって!」
謙が笑いながら答えると、まいも小さく笑った。
その表情を見て、謙は少しホッとする。まだ本調子ではないが、まいの冗談が出るくらいには回復してきたのかもしれない。




