176 【穏やかな昼と、町中華の誘惑】
午前中、高島総合病院で人事部と総務部に話を聞いたものの、収穫はゼロだった。
それなりの手応えを期待していただけに、橘も篤志も少し肩を落としながら病院を後にする。
「篤志、仕方ない。なんか飯でも食うか?」
橘が腕時計をちらりと見て言うと、篤志も頷いた。
「そうですね。もう昼ですもんね」
「何食べたい気分?」
そう尋ねると、篤志は少し考えた後、ニヤリと笑って答えた。
「なんか、ガッツリ系なんてどうっすか?」
「じゃあ〜、町中華にでもするかぁ〜。久しぶりに」
「いいっすねぇ!」
「じゃあ決まりだな!」
橘は、情報を得られなかったにも関わらず、なぜか今日は穏やかな気分だった。
そんな橘の様子に気づいた篤志が、少し目を細めて探るように聞いてくる。
「……今日の橘さん、なんかいつもと違いますよね?」
「変わんないよ。いつもの俺だよ」
「いやいや、なんかいいことでもあったんですか?」
「……まぁ〜な」
「なんすか?」
「大したことじゃないから」
「聞きたいっす!」
「じゃあ、飯の時に話してやるよ」
「香さんのことですか?」
篤志がニヤつきながら言うと、橘はすかさずツッコミを入れた。
「違うよ!お前、俺が機嫌いい時、いつも香の話出すよなぁ〜」
「だって、ある意味わかりやすいっすもん。橘さん、香さん絡みの時は」
「うるさいよぉ〜、なんも知らんくせに……」
「照れなくていいですよ」
篤志がからかうように笑いながら言うと、橘は軽くため息をついて肩をすくめた。
「うるさい、黙ってろ!」
そんなやりとりをしながら歩いていると、病院の近くに昔ながらの雰囲気のいい中華屋を見つけた。
赤い暖簾が揺れ、店内からは食欲をそそる香ばしい匂いが漂ってくる。
「お、ここ良さそうじゃねぇか?」
「いいっすね!絶対うまいっすよ、こういう店!」
「じゃあ決まり!」
2人は顔を見合わせて笑いながら、活気のある店内へと足を踏み入れた。




