169 【点と線が繋がる瞬間】
橘と篤志は受付を済ませ、エレベーターに乗り込んだ。
扉が閉まり、機械音とともにゆっくりと上昇を始める。
篤志がふと顔を上げ、橘に問いかけた。
「これ……俺の勘なんですけど、このヤマ、相当複雑に絡まってる気がするんです。橘さんはどう思いますか?」
橘は腕を組みながら、静かに答えた。
「いや、俺は単純な事件だと思ってる。ただ、核心がまだ見えていないだけだ」
篤志は驚いた表情を浮かべた。
「単純……ですか?」
「そうだ。今は周りの状況だけが次々と出てきて、それにみんなが振り回されてる。だから複雑に見えるだけだ。事故の件、河川敷の殺人――それぞれをバラバラに考えるから難しくなってる。でも、順を追って整理すれば、一本の線で繋がるはずだ」
橘は篤志の目を見据え、問いかけた。
「篤志、お前がもし犯人だったとして、この一連の事件を全部自分でやったと仮定したら、どういう流れになる?」
その言葉に、篤志はハッとした顔をした。
手に持っていた資料を閉じ、一度頭をクリアにする。
「まず……最初に朝比奈麗子さんの事故死が起きて……その次が桜井さん。それから田中さん……半年後に高木さん……で、その一ヶ月後に井上さんが殺された……」
彼はゆっくりと口にしながら、事件の流れを頭の中でなぞった。
その時、エレベーターが目的の階に到着し、扉が静かに開いた。
そこには佐藤が待っていた。
「遅くなりまして、申し訳ありません」
橘が軽く会釈すると、佐藤は穏やかに微笑みながら言った。
「いえいえ、残った仕事を片付けていたところなので、気にしないでください」
そう言って、2人を前回と同じ応接室へと案内した。
部屋に入ると、橘は改めて佐藤に礼を述べた。
「佐藤さん、いつもご協力いただき、本当に感謝しています」
佐藤は少し考えるような仕草をした後、ゆっくりと話し始めた。
「実は、私は詳しくないんですが……昨年の1月か2月頃、橘さんが尋ねられた件について、ちょっと気になる噂があったんです」
橘は身を乗り出した。
「噂……ですか?」
「ええ。納品書の改ざんについてです。詳しい真相は分かりませんが、その話が社内で囁かれていました」
橘の表情がわずかに引き締まる。
「改ざん……」
「ええ。その後、3月20日頃に突然の人事異動が決定したんですよ。あの時はかなりバタバタしていて、私もよく覚えています。普通なら異動の2ヶ月前には内々で情報が出て、調整が進められるものなんですが、あの時は本当に急でした」
佐藤は少し苦笑しながら続けた。
「話では、その改ざんについて誰かの監督不行き届きで責任を取らされたとか……でも、それが誰なのかは分かりません」
橘は静かに頷いた。
(誰が責任を取らされたのか――もう分かっている)
彼の脳裏には、ある人物の顔が浮かんでいた。
(まいちゃんの情報が、ここに繋がる……)
「佐藤さん、貴重な情報をありがとうございます」
「いえ、私もあまり詳しくは知らないんですが……お役に立てたなら良かったです」
佐藤は安心したように微笑んだ。
「伊藤さん、今日はこれで失礼します。またこれからもご協力をお願いできますか?」
「もちろんです。早く高木くんにも戻ってきてもらいたいし、私たちもここで頑張らないといけませんからね。刑事さんも、事件の解決、頑張ってくださいね」
2人は一礼し、部屋を後にした。
エレベーターに向かう途中、橘は無言のまま、頭の中で情報を整理していた。
(この事件の全貌が、やっと見えてきた……)
核心に近づく感覚があった。
点と点が一本の線となり、真実が形を成し始めていた。




