167 【安堵の笑顔、守りたい想い】
橘と別れた後、謙とまいは車に乗り込んだ。
車内は緊張から解放されたような、穏やかな空気に包まれていた。
謙は運転席に座り、シートベルトを締めながらまいに目を向けた。
「まい、疲れたろう?」
まいはシートに深く背を預け、少し微笑んだ。
「うん……やっぱり、緊張するね」
声には少しだけ疲労が滲んでいたが、その表情はどこか安堵しているようだった。
「でも、途中で橘さんが来た時は本当にびっくりしたけど、知ってる人が来てくれたからすごく落ち着いたんだ。
謙の友達で良かったって、つくづく思ったよ」
謙はその言葉に胸が軽くなった。
「そうか……純一が一緒にいてくれて…本当にそれだけで俺もほっとしたよ」
謙はエンジンをかけながら、ちらりとまいの顔を盗み見た。
そこには、彼がずっと守りたかった笑顔があった。
(よかった……。まいが、いつものまいでいてくれて……)
謙は知らず知らずのうちに、胸の奥に抱えていた不安が和らいでいくのを感じた。
(もし、まいの心が壊れてしまったらどうしよう……そんな最悪の事態まで考えていたなんて、俺らしくもないな)
「まい、お腹空いてないか?」
「うん、空いたぁ〜!」
まいはパッと明るい表情になった。
その無邪気な姿に、謙は自然と顔が綻んだ。
「じゃあ、なんか美味いもの食べに行こうか?」
「うん! 行こう、行こう!」
まいは目を輝かせ、楽しそうに座席で体を揺らしている。
「えっと、何食べようかな〜。焼肉にしようかな、それともパスタがいいかな……でも、やっぱりお寿司も捨てがたいし……」
まいは独り言のようにメニューを悩み続けていた。
その様子を見て、謙は思わず吹き出しそうになった。
(本当に、まいは変わらないな……)
さっきまでの重苦しい空気が嘘のように、車内は明るい雰囲気に包まれていた。
謙は改めて、まいの存在が自分にとってどれほど大きいかを実感していた。
(もし、あの笑顔が見れなくなっていたら……俺は、どうなっていただろう)
謙は一瞬、寒気が走るような想像を頭から振り払った。
(もう二度と、まいを危険な目には遭わせない……絶対に)
「謙、決めた! やっぱりお寿司にしよう!」
まいが元気よく宣言した。
謙は呆れたように首を振った。
「また寿司かぁ〜?」
まいは頬を膨らませ、子供のように拗ねた。
「謙、やなの?」
その表情があまりに可愛らしく、謙は思わず吹き出した。
「いいえ、喜んで。お寿司、行こうか」
「やったぁ!」
まいは満面の笑みを浮かべた。
謙はハンドルを握り直し、車を発進させた。
まいが無邪気に笑っている
その笑顔を見て、謙はもう一度心に誓った。
(絶対に、まいを守ってみせる)
車は街の明かりの中へと溶け込むように走り出した。
まいの笑顔を守りたいという、謙の強い想いを乗せて——。




