155 「謙、ごめんね」
まいは俺の胸からそっと身を起こし、無理に微笑んでみせた。
その笑顔があまりにも痛々しくて、俺は何を言えばいいのか分からなかった。
しばらく沈黙が続いた後、まいは努めて明るい声を作り、
「ちょっと待っててね」と言い残して立ち上がった。
その背中はどこか弱々しくそして寂しそうに見えたが、俺には何もできなかった。
まいはキッチンに向かうと、
「謙、飲み物まだ同じ?それとも変える?」
明るい声を装っているが、その声はわずかに震えているようにも感じた。
「まいが飲みたいもので大丈夫だよ」
そう答えると、まいは「了解!」と元気よく返事をした。
だが、その勢いとは裏腹に、背中がどこか寂しげにうつった。
キッチンに立つまいの後ろ姿を見つめながら、胸が苦しくなる。
俺は記憶喪失のことで悩んでいたけれど、それ以上にまいの方がずっと辛い思いをしている事に気づいてしまった。
あの涙、あの微笑み、そのすべてが心に刺さる。
まいは何も言わずに、ずっと苦しみを抱えていたのだ。
俺は決意した。
まいの悩みを必ずクリアにしてあげたい。
こんなに重い責任を、ひとりで背負わせたくはない。
まいにはもっと自由で、もっと笑っていてほしい。
俺はまいの背中を見つめながら、強くそう思った。




