153 「揺れる微笑みと隠された真実」
まいが扉の鍵を開け、笑顔で言った。
「どうぞ、入って。」
一歩踏み出そうとした瞬間、妙な違和感が胸をよぎった。
まいの部屋に入ることが、なぜか不自然に感じられたのだ。
これまで、まいは俺の家にいることが当たり前のようだった。
だからこそ、今、自宅に招かれたことが新鮮で、少しだけ戸惑った。
目の前にいるまいが、いつものまいとは違う人のように思えた。
エレベーターを降りるまでのまいは確かにいつもの彼女だったのに….
不思議な感覚に襲われた…
「謙、どうしたの?早く上がってよ。」
まいの声にハッと我に返った。
「あぁ、ごめん。」
部屋に入ると、温かみのある柔らかな香りが漂ってきた。
清潔感のある白い家具に、淡いピンクのカーテン。
小物まで整然と配置されていて、まいらしい可愛らしい部屋だった。
「まい、素敵な部屋だなぁ。」
照れくさそうにまいが笑う。
「ありがとう。でも、謙のところに入り浸ってたから、ほこりだらけだよ。」
「今、掃除機かけるから、そこで座っててね。」
まいは手際よく掃除を始めた。
動くたびに髪がふわりと揺れて、なんだか眩しく見えた。
「さっき買ってきた惣菜、冷蔵庫にしまっておくよ。」
「うん、お願い。」
キッチンに向かい、冷蔵庫を開けると中はきれいに整頓されていた。
思った以上に几帳面なまいに少し感心した。
掃除を終えたまいが、ニコッと笑って言った。
「ねぇ、謙。今日はうちに泊まっていく?」
「いいの?」
「せっかくだから、どうかなって思って。」
「じゃあ、まいの秘密、いっぱい探しちゃうかも?」
「もぉ、そんなの無いもん。」
まいはクスクスと笑いながら、
キッチンに立つ俺を押しのけるようにして、手際よく片付けを始めた。
「どいて、どいて。謙、そこに座ってて。」
まいの後ろ姿を眺めながら、
なんだか温かい気持ちが込み上げてきた。
「なぁ、まい。なんか飲む?」
「うーん、どうしようかな。謙は?」
「ちょっと早いけど、ビールでもいい?」
まいはいたずらっぽく目を細めた。
「ダメって言ったら?」
「それはそれで……我慢するけど?」
まいはくすくす笑いながら、
冷蔵庫からビールを取り出してグラスと一緒に差し出した。
「はい、どうぞ。」
「なんだ、最初からそのつもりだったのかよ。」
「謙のこと、分かりやすいんだもん。」
グラスにビールを注ぎ、乾杯。
グラスが軽く触れ合って、涼しげな音が響いた。
「ん、美味い。」
「ふふ、良かった。」
「謙、テレビでも見てて」
リビングに座って、テレビをつける。
ちょうど夕方のニュースが流れていた。
「謙、厚揚げ好きでしょ?買ってきたお惣菜今出すね。」
そう言って、まいはキッチンへと向かった。
ビールを飲みながらテレビに目をやると、今朝の事件の続報が映し出された。
『身元不明の男性の身元が判明しました。男性は井上ひさしさん、43歳。警視庁は――』
「謙の好きな厚揚げ、これ美味しそうだよ。」
まいが楽しげに戻ってきた瞬間、ニュースの内容が耳に届いたらしい。
その顔色がみるみるうちに青ざめていく。
グラスを持つ手が震えているのが、はっきりとわかった。
「まい? どうした?」
驚いて声をかけると、まいは一瞬ハッとして、無理に笑顔を作った。
「あ……ううん、なんでもないよ。」
そう言って、急いでキッチンへと逃げるように戻っていった。
その背中は、先ほどまでの明るいまいとは別人のように見えた。
井上ひさし。
殺された男の名前が、まいを明らかに動揺させた。
なぜ?
あの事件とまいに何の関係がある?
俺は胸騒ぎを抑えられなかったが、今は無理に追及するのはやめておいた。
まいが何を隠しているのか。
それを知るのは、もう少し後になりそうだった。




